リリアがラスネールの拉致に遭っていた頃、オデッセイアのノーブリック城はどうだったのでしょうか。
国を治める立場の人間ではなくとも、次に継ぐるべき人物がいなくなった事に、上へ下への大騒ぎになっているモノと思えば―――
リリアの放浪「癖」は、既に「常習性」がある事が知られており、不意に二・三日いなくなったとしても、彼女ならば大丈夫だろう・・・ぐらいの考えが蔓延しており、
そんなに大して心配する者達もいなかったのです。
とは云え―――この国が初めてである蓮也はそう云うわけにもいかず、「いつも一緒に・・・」との約束を交わした手前、
そんな無気力な事を述べる、この国の人間達に対し、呆れもし・・・また落胆もしていたのです。
そんなところへ一人の官が来て云うのには、ある時に・・・何も云わないで一カ月間もこの国からいなくなり、
国中の官が総力を挙げて捜索しても見つからず―――挙句には半ば諦めかけていた時に、いつの間にか戻ってきて、心配顔をしている自分達を見て笑い転げていた・・・
―――と、過去にはそんな事があった事を聞かされ、その事に蓮也は過ぎる心配をするモノではないと思うようになったのです。
ところで―――・・・その蓮也なのですが。
彼は武一辺倒ではなく、文才の方もあった・・・とは、以前にもお話ししたと思うのですが―――
そんな勤勉な処が周囲の者達に認められ、現在では役目の一つを任されるまでになっていたのです。
それに性格は実直そのもので、穏やかにしさえしていれば―――彼は城内のどこにいるのか知れなかった・・・
それほどまでに、普段は物静かな人間だったのです。
そんな彼が―――城の近くに庵を組み、書に耽っていると・・・
蓮:(・・・ん?)―――誰でござるか、そこにおられるのは。
市:―――お久しぶりにございます、千極様・・・
蓮:おお、どなたかと思えば―――細川殿ではござらぬか。
市:千極様、いつぞやも申し上げましたように、私は最早細川の人間ではございませぬ故―――そこの処はよしなに・・・
蓮:然様にございましたな・・・いや、これは失礼―――
異邦の人間故に、差別を受けている―――と、云うわけではないけれども、やはり蓮也に取って城内は居心地がよくないモノと見え、
そこをリリアからの取り計らいもあり、こうしてノーブリック城の外に庵を組んで、自分が必要とされるその時以外は、
庵の内にて書などに耽ったり―――この国の文化・風習を調べたり・・・と、余念はなかったようです。
そんな折―――蓮也の庵を訪ねてきたのは、オデッセイアの隣国であるサライに身を寄せることになった、座頭の市子が・・・
どうして・・・同盟関係を保っているとは云え、他国に居着くことになった市子が、オデッセイアの蓮也の下に―――?
それはまあ・・・確かに、二人ともこの地域では「異邦」の出身―――しかも互いの出自も知れた間柄なので、積もる四方山話もあるのかも知れない・・・。
けれどそうした場合、二人ともこちらに来てからの日も浅い事もあり、可能性としては低いと思われるのです。
・・・だとしたなら―――市子は一体何の目的で、再びオデッセイアに・・・
第七話;異邦の同邦人
蓮:どうぞ・・・粗茶にござるが―――
市:いえ、お構いなく―――
蓮:ところで市子殿・・・サライでの暮らしぶりはいかがにござりますかな。
市:・・・千極様もお人のお悪い―――あなたは既に、私がなんの目的をしてこの国に入ったのかを、知っておいでのはず・・・なのに、それを「暮らしぶり」―――などとは・・・
その市子からの言葉に、蓮也も表情の内に緊張を漲らせました。
そう・・・理由はどうであれ、今そこにいる彼と彼女は、違う国に籍を置く者同士―――
云わば、両国間の関係が拗れてしまえば、「敵同士」になってしまう―――そんな危険を孕んでいたのです。
その事が判らないわけではない蓮也ではありましたが、やはりその事は云い出し辛くもあったのです。
そう・・・市子がこの時機、オデッセイアを訪れた真の目的は―――・・・
サライに身を置く事を赦された市子は、その一週間のうちに、別件でサライ国女王ソフィアに召喚され、彼女からあるお願いをされていました。
市:異国出身とは云え・・・身に余るご配慮に、感謝致している次第でございます―――女王陛下・・・。
ソ:いえ、いいのですよ・・・市子。
それに今の私は、とてもあなたからの感謝の意を受けられる立場にはありません―――
不思議・・・と云えば、感謝の意を述べる市子に対してのソフィアの返事―――でした。
本当は異国の出身だから、粗末な扱いを受けるのは覚悟の上―――だったのに、中流の一般庶民並の取り計らいに、流石は「稀代の名君」の誉れ高い人物だと思っていたのに・・・
そんな市子からの感謝の辞を、ソフィアは素直に受け取らなかった―――いえ、受け取「れ」なかったのです。
その原因は、これからソフィアが市子に頼むことにありました。
市:・・・女王陛下―――?
ソフィア様・・・今なんと仰せになられたのですか―――今一度・・・今一度!!
滅多と感情を表さない東洋風の女性―――座頭の市子の狼狽ぶりは、感情の揺らぎが最も出やすい、その声に現れていました。
決して聞き逃したわけではない―――けれど、再度聞かずにはいられない・・・
ソフィアからの頼み事には、それだけの動揺と焦燥が隠されていたのです。
そんな中、唯一の救いだったのは、ソフィアが「これからこの方と二人きりで話したい事があるから・・・」と、近侍を遠ざけたことにありました。
いや・・・それも今になって考えると、ソフィアはこの事をなるべく他人には知られたくはなかった―――それだけの思いが込められていたのです。
その事に気付くと、市子は・・・承諾せざるを得ませんでした。
では具体的に、ソフィアは市子にどんなお願いをしたのでしょうか―――
それは・・・この大陸各地を、「行脚」する形で―――諸国の情勢を調べると云うこと・・・。
いわゆる―――「隠密」「間諜」「スパイ」・・・
市子自身が知る上で、清廉潔白な女王陛下から、こんな頼まれごとをされてしまうとは―――・・・
その事は、市子にしてみれば・・・大変な衝撃でした。
けれども女王・ソフィアが、こんな行動に踏み切らざるを得なかった背景を、女王自身の口から聞かされると、市子もどことなく判ってきたものだったのです。
ソ:ショック・・・でしょうね、市子さん―――
それにリリアがこの場にいたら、きっと私の事を軽蔑したでしょうね・・・。
でも私は、喩え卑怯と蔑まされても、この行動に踏み切らざるを得なかったのです。
それと云うのも・・・実は―――・・・
サライ国女王であるソフィアは、同国の女王の座に就いた当初から「ある問題」に悩まされていました。
それが―――オデッセイアとサライ・・・二国間の国境、最北端に接する強国「プロメテウス」の存在。
この二国は、北の強国に、これまで幾度となく国境や住民を脅かされていました。
そんな中で、新たにサライ国の女王として収まったソフィアが、まず最初にしなければならなかった事とは―――
馴染みの深い・・・国交も古くからある「オデッセイア」と、横暴極まりない「プロメテウス」・・・
この二つの国に対し、なるべくお互いが刺激をし合わない―――そんな国策を取り続けて行く事にあったのです。
しかし・・・この程―――「不可侵条約」を締結しているにも拘らず、またしても「プロメテウスからの侵略の疑いがある」との報告・・・
そう―――そこには「確信」はなく、あるのは「疑い」・・・
けれど、本当は誰の目から見ても「疑い」ようのない事実しかないのに、「疑いがある」・・・と、しなければならなかった―――
そこでもし、「疑わない」とするならば・・・サライの未来がどうなるか―――目に見えていた・・・
だからこそ、ソフィアは苦渋の決断をしたのです。
=続く=