イ:あっ―――待ちなさい! どこへ行くと云うの・・・
イリスの、制止する声も聞かず、その随行員は、交渉が行われている場より、去ってしまいました。
大事な交渉の場で、組織の一員が、自分の都合だけで、席から離れようとしている・・・
随行員の行動は、他の誰の目から見ても、その様に映りました。
しかし、タケルだけは、全く意に介さない―――と、云った具合に、訥々と、交渉の手続きの方を進めたのです。
その事に、イリスは・・・
イ:あの・・・先生、あの方は、一体―――・・・
タ:フフ―――仕方有りませんね、困った人だ・・・
イ:その事が判っていて・・・どうして―――
それは確かに、困った人ですよ・・・。
第一、「見習い」の筈なのに・・・
タ:全くです。
先ず、何より「人間達」が困っている処を見ると、放ってはおけない性分・・・
永年、ワシらは、あの方の手を煩わせてきたと云うのに。
イ:・・・え? それは、どう云う―――
しかしタケルは、イリスからのその問いかけに、答える事はありませんでした。
それにイリスも、あの随行員の言葉が、気にはなっていたのです。
そう・・・「人間」―――
あの随行員も、自分達も、「人間」であるはずなのに、
なのになぜ、今更その事に言及しなければならないのか・・・
それにまた、タケルもその事に触れるに至り、イリスの胸には、細波が立ち始めてきたのです。
第八十六話;知られざる正体
終に―――しのは、宿願であった、怨仇を見つけました。
・・・と、云うよりは、逆に、向こうがしのを見つけ、襲ってきたのです。
そのことに、不意を衝かれたとは云え、しのは喜びました・・・。
今までは―――あと一歩の処で、行き違いになっていたのに・・・
けれどもこれで、ようやく、父の仇が殺れる・・・
ですが、その反面、しのの手助けの為についてきたたまもは、注意を怠りませんでした。
なぜ・・・この時機で―――
自分達が、この部落に入ってきた事は、向こうにもすぐに判っていたはず―――
なのに・・・
疲労困憊し、動くことさえ儘ならなかった「直後」ではなく、快復した「今」になって・・・?
たまもには、判っていました・・・。
自分と同じく、常磐の「三大妖怪」の一つに准えられる程の者が、こんな不合理を起こすはずもない・・・と。
すると、ならば―――自分達以外の因子に釣られて・・・?
たまもがそう思った時、その因子と思われる者達が判明しました。
そう、この者達も、この騒動で、何事か・・・と、表へと出た時―――
リ:うわっ! なんだ、ありゃ・・・怪獣じゃねえか!怪獣!!
た:(この緊張感のない事を申す輩は〜〜)
やはりお主か―――リリア!
何を云うておるか、馬鹿モン! あ奴こそが、しのの親父殿を殺した張本人、「塊閻」なのじゃぞ!!
蓮:あれが・・・拙者も、初めて見るでござるが、なんたる怪異か!
市:私は、快復半ばですので、直接には見れませんが・・・
肌身には感じております・・・やはり、あれは―――
しのの、父親の仇敵だと云う「塊閻」を、一目見た時・・・リリアは、その異様に思わず、口を吐いて出た言葉がありました。
身の丈は、12・3mあり、頭からは牛の様な角が生え、怒らせたその眸は、爛々と紅く光り、体色は暗緑色、
そして、最も人間離れした特徴が、下半身が大蛇であり、腕を複数持っていたのです。
それによく見れば、そんな化け物のすぐ近くで、復讐の気を漲らせたしのの姿が。
その光景を見たリリアは、居ても立ってもいられなくなり・・・
リ:待て、しの―――逸るんじゃねえ! この私が助太刀してやるから、待ってろい!
し:来ないで―――!
これはボクの・・・加東段蔵の娘である、このボクがやらなければならないこと・・・
他人の手を借りて、怨みを雪ごうとは思わない!!
リ:いいから、混ぜろ〜って♪
第一、こんなヤツと闘れる機会なんざ、滅多とありゃしないからなぁ〜♪
市:リリアさん・・・まさか、それが本音ですか―――
蓮:・・・フッ―――ハハハ!
真、剛胆なことよ、然らばこの蓮也―――全力を以て、加勢いたそうぞ!!
市:蓮也殿まで―――私も、こんな身でなければ・・・
リ:悪いなぁ〜市子、こいつは頂いちゃうぜ!♪
なんとも・・・この時、しのの加勢に現れた者の内で、誰一人として、この怪異に怖じる者はいませんでした。
それどころか、逆に、我先に―――と、その怪異、「塊閻」と闘りたがっていたのです。
それもそのはず、この加勢の三名の内、二名程は常磐の出身。
そこで彼らは、幼少の砌より、聞かされていたのです。
嘗て・・・天上人でありながら、「悪道」へと堕ち、強大な「魔障」と成り果て、都に災禍を招いた、ある「大怨霊」のことを・・・
そしてそれは、たまも自身も判っていました。
その存在は、「大怨霊」となってしまったが故に、自分と同じく「三大妖怪」の一つに准えられてしまった事を・・・。
だから、そこでたまもは、あの随行員の様に、「あの言葉」を以て、「人間」である彼らを、思い留めさせようとしたのです。
た:止めい―――止めんか!!
そ奴は、既に人には非ず・・・それを、どんなにか抗うた処で、所詮「人間」であるそなた達に、勝ち目などないのじゃぞ!
リ:ヘッ―――・・・なら、どうして、しのだけは特別扱いをする!
あいつも、「所詮人間」じゃないのかよ!
た:馬鹿モン! お主らは、判ってはおらぬのじゃ・・・
あ奴と、そなた達に隔たる、実力の差を―――・・・
これだけ云うても、なぜ―――
随:「判らない」・・・って、云うのは、それだけ君の「友」の事を、心配してくれてるからじゃないかな。
けれど、それはそれで、寧ろ嬉しい事だとは思うよ。
た:(!?)お主・・・いつの間に―――
リ:なんだぁ? お前―――・・・
リリア達の仲間の内では、一番に周囲りの目配せが行き届き、半ば、司令塔の役割をしていた、あのたまもでさえも・・・容易に、接近を赦してしまった「存在」・・・。
急いで駆け付けたわけでもなく、まるで、ずっとその場にいたかのような感覚・・・。
なにか・・・こう―――総ての事象を捻じ曲げて、ずっとその場にいたかのような、錯覚に陥れてしまうかのような、そんな感覚に・・・
たまもは戦慄を覚えるのでした。
しかも―――・・・
随:それに、君達も、この人の云う事には、耳を傾けるべきだと思う。
リ:(?)・・・ひょっとすると―――あんた・・・
随:それにしても、少しばかり手遅れだったようだね。
「彼」の本体は、ここにはもういない―――そこにそうしているのは、この私から逃げる為に遺された・・・云わば、「欠片」さ・・・。
た:なんと?? 「塊閻」が・・・お主から??
随:そうだよ。
「彼」は・・・この私が所属する機関が、ここ4・500年も前から追い続けてきた、ある「シンジケート」の「重要参考人」の一人でもある・・・。
名を・・・ストゥク=カイエン=グワゴゼウス―――
確かに、「本体」は逃げ延びたようだけど、行先ならばすでに検討はついている。
だけど・・・「欠片」をそのままにしておくほど、私はそんなには甘くはないよ・・・。
全くの、見ず知らずのこの人物が、連々と、しのの父親の仇敵である、「塊閻」の正体を述べて行く・・・
しかも、驚かされるのは、その「年代」―――
現在から4・500年ほど前、その頃から騒がれ出した、「三大妖怪」―――
「朱天童子」「玉藻前」「崇徳上皇」・・・
而して、「塊閻」こそは、その内の一つ「崇徳上皇」の異名でもあったのです。
それに、「彼」の「真の名」は、蓮也や市子はいざ知らず、たまもでさえも知らずにいました。
ただ・・・音感のみだけで、「ストゥク」=「崇徳」と、聞こえた・・・
しかしそれが、本物の怪異だったとは―――??
いや、その前に―――
リリアは、未だフードを目深に被った不審な者の、その言い回しに、どこか思う処があり、怪しんでいた処に―――
次の瞬間、随行員自身がフードを取る事により、彼の者の正体が明るみになったのです。
そう・・・その人物こそは、まさしく―――
リ:・・・あっ! やっぱり―――ジョカリーヌさん!!
滅多なことでは、「敬称」は使わないリリアが、この随行員の顔を見るなり、「敬称」を付けて呼んだ事に、
その場にいた者達は、この随行員が、余程リリアから慕われている事を、感じずにはいられないのでした。
=続く=