少量でも、金銭や物品を「賭けて」、損得勘定をする行為を、「賭博」と呼んでいました。
しかしその行為は、いつの世も認められていない為、時の警察機構の、「摘発」の対象にも、成り得ていたのです。
そしてこの時、この場所に措いての「摘発」に乗り出したのは、「常磐」の副都である「穢戸」に設置された、「南町奉行所」の、「筆頭与力」である、
「鷹山冶部少輔秋定」なる人物だったのです。
その彼に対抗するため、賭場を主催していた「元締め」が、予め雇い入れていた「用心棒」を、呼んだのです。
しかも、この「用心棒」・・・女性であるだけでなく、どうやら、「秋定」なる人物と、因縁があるらしく・・・
用:―――フッ・・・誰かと思いきや、またお前さんかい。
風の噂に聞くと、出世したもんだから、こんな小せぇ仕事とは、縁遠くなったかと思ってたんだけどねぇ・・・秋定。
秋:ところが―――そうもいかなくってな・・・
今までは、適当にやって、適当に遊んでりゃ、給仕は貰えたんだが・・・
どこをどう間違えちまったか―――「筆頭」になっちまったもんだから、ちったぁ真面目に仕事をやれ・・・だとさ。
用:ン〜で・・・その初めが、ここ―――ってなわけかい。
同情してやりてぇとこだが、こちらも雇われた身なんでねぇ・・・。
秋:ああ―――お互い・・・辛れぇこった・・・な。
二人の会話が、途切れたか―――と、思われた瞬間、閃光が迸りました。
しかもそれは、一合、二合・・・その場限りではなく、部屋の隅々へと―――
つまり、これの意味する処は、二人が高速で移動をしながら、火花を散らし合っている事であり、
「筆頭与力」も、「女用心棒」も、どちらも一歩として譲らない攻防が、展開されていたのです。
そして、この隙に―――と、逃げ出そうとする、客や元締め・・・
そんな彼らを、一網打尽に、捕縛しようと躍起になる、「岡っ引き」や「同心」達・・・
しかし、所詮、結果は判り切っていたのです。
秋:フッ・・・どうやら、詰んじまったようだなぁ―――橋川小夜・・・
小:・・・みたいだな、どうやら今回は、お前の勝ちのようだ・・・。
いくら逃げようにも、建物の周囲りを、役人で固められたら、どんな盗人でも、逃げおおせるモノではありませんでした―――
つまりは、全員捕縛・・・
それは、善戦した、女用心棒―――橋川小夜も、例外ではなかったのです。
第九十一話;穢戸
そして、奉行所の牢に拘留されて数日・・・
内にいる、女用心棒を訪ね、筆頭与力が・・・
秋:ぃよう―――どうした、今回は「らしく」ねぇじゃねえか。
以前にゃ、投獄されてた「八丈」から、逃げおおせたって云うお前ぇが、どう云った心境の変化なんだ。
小:・・・別に―――「待ち人」を待つのに、態々動くこたぁねえだろ・・・。
秋定は、この女用心棒を、只の「用心棒」とは、思っていませんでした。
この女が、何かしらの嫌疑を掛けられ、その事で奉行所の取り調べを受けても、供述もせず・・・
剩、侮辱した笑いを漏らしたことで、役人の不興を買い、調書には、ある事ない事を綴られ、
その挙句に、白洲の場にても弁解すらしなかったことから、当時から脱獄不可とさえ云われた、「監獄島」の「八丈」に収監され、
そこから脱け出した・・・との、噂が立ったくらいなのでしたが―――その「噂」も、小夜自身は否定もせず、
そんな大胆不敵な態様に、秋定は、興味を示していたのです。
ところが・・・今回は、いつになく、しおらしい態度に、秋定は、また別の興味を示し始めたのです。
それが、小夜自身の「待ち人」―――
つまり、この女用心棒は、その「待ち人」と、会い易くなるよう、自らの身を固定させておいたのではないか・・・
―――と、思い至るようになり、秋定は、それが「誰」なのか・・・心当たりを思案していた処に・・・
小:・・・なあ、お前に一つ、訊きたい事があるんだが―――
いつもは、秋定・・・「奉行所」の側から、訊きたい事を聞き出していたのを、この時だけ、小夜から問い質された事がありました。
しかもそれは―――秋定自身に、纏わる事でもあったのです。
小:お前―――確か・・・奉行所の仕事の他に、特別なお役目を云い遣ってたよなぁ・・・
ほら、なんてったっけ―――ああ、そうだ・・・「妖改方」・・・だったっけか。
その言葉を聞くなり、秋定の顔色が変わりました。
なぜなら、そのお役目は、公然とはされていない・・・云わば、「秘密機関」の、ようなモノ・・・。
しかもその存在は、行政機関の内でも、知る者はごく限られており、
況してや、民草が知っておく必要性のないモノだったのです。
それを・・・どうしてこの女が―――
しかも、土着の住民などではなく、どこからか流れてきた、難民の類が・・・
一国家の、最重要案件を、知っていたのか・・・
しかし小夜は、そんな秋定とは裏腹に、質問を続けたのです。
それが、恰も自分の使命―――で、あるかのように・・・。
小:なんだよ―――鳩豆な面ァしやがって。
それより、こっちも、このタイミングで聞いとかなくちゃならんのさ。
この国に蔓延ってる「妖」・・・そいつらを取り締まるお前だからこそ、訊くんだ―――「崇徳」のことを・・・な。
秋:小夜―――お前ぇ・・・
小:詮索なら、好きにしな・・・少なからず、当たってる。
つまりはさ、私なんかが、ここに屯ってるのも、そこんところが理由なのさ。
ここ昨今で話題になった、「崇徳上皇」の事は、「妖改方」でも、上位の危険度に指定されており、
実は秋定も、そんなにまでは詳しくはなかったのです。
けれど、この女用心棒が、俄かに騒がれつつある、かの危険人物の復活の噂を元に、この地に居ると云う事に、一定の理解を示し、
自身が知り得る、「崇徳上皇」の情報を、話したのです。
それはさておき―――ラスネールからの伝言で、「子爵」なる人物と、接触を図ろうと、町や村を転々としたリリア達ではありましたが、
よく考えてみれば、「子爵」と云う、名称の他は、何も知らずにいたのです。
性別は―――容姿は―――性格は―――・・・
ただ、幸いにして、地理には事欠かなかった為、噂のみを頼りにして、辿り着いた「穢戸」にて―――第二の接触が、図られたのでした。
リ:ほぉ〜〜―――随分と、賑やかだなぁ・・・
蓮:然様でござろう。
ここは、常磐の第二の都市でありますからな。
市:しかし―――どこか、活気が感じられませんね・・・
数々の、町や村を転々としたから、判ってくる事もある―――
それは・・・この「穢戸」と云う街は、今までの、どの町村にも見られない、人が雑多とする場所・・・
けれど、そんな喧騒とは裏腹に、どこか活気が―――皆・・・何かに怯えて暮らしているかのような態様に、
感覚の鋭敏な市子は、気付いてしまったのです。
その事に、リリアは、行政が行き届いていないモノか―――と、思いましたが、
そこを、蓮也が補足するのには・・・
蓮:それは違いまする。
この街は、「将軍」と云う、「皇」とは、また別の統治者が治める、特別な場所なのでござる。
それに・・・拙者達の知る、リリア殿達の様な、高潔な矜持などは、この者達にはあり申さん。
それであるが故に、「洛中」と「穢戸」―――「皇家」と「将軍家」と云う、二つの支配体制が入り乱れた、おかしな構造となってしまっているのでござる。
「天上人」たる「天皇」の他に、「将軍」と云う、別の称号を持つ統治者・・・
入り乱れた、二つの・・・別の性格を持つ支配体系は、一つの国を混沌とさせるのでした。
とは云え、それだけで、この国を覆う不安感の、説明はつきにくかったのです。
だとするならば―――・・・やはり、別の意思が、働いているのではないか・・・と、するのですが・・・
ラ:ほほう―――お嬢も、そこまで推測できるようになったかい。
リ:ど・ぉわっ?! ラスネール・・・おま―――このヤロウ、脅かすんじゃねえ!
ラ:そいつは悪かった―――それより、子爵様の居場所が判ったぞ。
「南町奉行所」の、地下に居るそうだ―――
リ:あっ・・・ちょと、おいっ―――!
ただ、用件を述べただけで、ラスネールは、またどこかへと去って行きました。
しかし、自分達が、接触するべき人物が、どこに居るかは、判るには判ったのですが・・・
その場所自体が、この際の問題点でもあったのです。
市:・・・これは、少し困った事になってきましたね。
リ:は? なんでなんだ―――市子・・・
市:はい。
実は、私達が接触するべき人物が、現在いると云う場所なのですが・・・
それが、「奉行所」と云う、罪人を取り締まったりする機関である上に、捕まえた後、留めて置くと云う「牢」に入れられているとは・・・
蓮:ふうむ・・・いや、しかし―――それにしても、「南町奉行所」とは・・・
奇遇でござるな、拙者の思惑通りなら、なんとかなりそうでござる。
自分達が、接触するべき人物は・・・なぜか、罪人と間違われて捕らわれ、現在では、警察機構の拘留施設で、厄介になっていると云われたのです。
そのことに、市子は頭を悩ませるのですが・・・
すると、なんとここに・・・どうやら、「南町奉行所」とは、そんなに遠くない所縁を持つ人物が、リリアの仲間に、一人いたのです。
それが、千極蓮也―――
一体彼は、奉行所の「誰」が、知り合いだったと云うのでしょうか。
=続く=