<肆>
〔――――と、愉悦漢に浸っていた、そんな最中(さなか)・・・・同じ客より、こんな事を聞いた美也子さん。〕
客:おぉ―――そうそう・・・風呂吹きといえば、ほら、この間先生に連れて行ってもらった・・・・
客:あぁ、蜆亭のか―――?
客:そうよ・・・ありゃあ、忘れらんない味だったね――――
美:(ピ・・・ク・・・)(ナ・・・ニ??)
客:孫子の代までの語り草・・・・ってのは、あのことだよねぇ〜〜〜
客:だろ〜〜――――?
美:ちょいと―――!!
客:(ぅん?)
客:(はて??)
美:んじゃ・・・・何かい、うちの風呂吹き大根より・・・そっちの・・・蜆の風呂吹きの方が 上 だっつ―――のかい?
三:こっ――――コラっ、美也子――――
客:い――― いやァ・・・これはこれで十分旨いっスよ。
客:あそこのは別格別格――――
美:(ムッ・・・)別格ってなんスか―――? 分かんねぇなァ・・・・
三:美也子ッ―――!!
―――がらっ・・・―――
O:へ〜〜〜新装開店なんだって・・・
O:結構おしゃれなトコじゃない?
三:へ、へいッ―――― いらっしゃいませ――――
美:(ふ・・・・フンッ! 味もロクにわかんねぇクセに・・・・老舗の看板に、騙されてるだけなのにさ―――!)
〔確かに――― 同じ品物が、向かい隣の・・・・それも、商売敵のものと比べられ、
しかも自分のところのがそれに劣る―――と聞かされては、黙っていられないのが、その性分・・・。
問い詰めるその口調も、ついつい厳しくなりがちで、このままでは客と一悶着でもあるのでは―――?
と、懸念されたようですが、運良く昼食をとりにきたOLたちに助けられたようで・・・
でも――――・・・・?〕
客:オメぇよ―――― 蜆のトコの、喰ったことあるかい。
あっりゃ――― すげぇよな? 日本一だ〜〜〜〜はっはっは――――
三:へ・・・へぇ―――― そですか。(チラ・・・)
美:・・・・・。(タンタンタンタン・・・・・)
〔これは、時間を置いて、夜の会話――――
このお客、少し酒でも入ってるのか、いいたい放題――――
今日のこの日、何度となく聞かされた、向こう隣と、自分のところの比較に――――
まるで解せない――――と、顔には出してはいないものの、当初の愛想のよい掛け声はどこへやら―――
もくもくと、食材を刻む、女板の心境は、いかばかりのものであったでしょう・・・。〕
美:(なんでだよ―――!!
煮干の頭もワタもとらねぇ――― 大根の面取りもしねぇ――― おまけに、その大根ときたら・・・葉っぱのついてねぇ、不揃いのもんばっかで・・・・
そんな・・・店の・・・風呂吹きにさ・・・・仕事はあたいの方がきっちりとこなしてんのに―――
何であたいの風呂吹き大根が負けんのさ―――!!)
〔それは、推して知るべしであったことでしょう―――。
そして、こう思ったことも事実だったのです。〕
美:(こうなったら・・・一体どこがどう違うのか――― あたいのこの舌で、見極めてやろうじゃないのさ―――)
伯父さん―――・・・ちょいと、出てくるよ・・・。
三:あ・・・あぁ・・・。(美也子・・・)
―――ぴしゃんっ☆―――
三:・・・・。(頼むぞ・・・坊(ぼん)よ・・・。)
〔“ちょっと用で出て行く”――― とは、まことに苦しい言い訳ながらも、
実際に蜆にまた出向いて、自分のところのと、どう違うのか――――を、確かめに行く美也子さん。
(伯父の三郎さんは、彼女が行き先をいわず・・・とも、その心中は察しさていたようですね・・・。)
その蜆亭に来てみれば――――・・・・・?〕
―――しゅっ しゅっ しゅっ―――
美:ちわぁ―――・・・・(って)あれ?? な、なにしてんだい?あんた達・・・・
ス:へえ? なに・・・・って、道具の手入れ――― ですけど。
お:そういう、中原(なかはら)様はどうしたのです? お店のほうは、もうよろしいので・・・?
美:フ―――・・・フンッ! あ、あいにくと、店は大盛況のうちに、ネタ切れ閉店、そっちに心配されなくても・・・
お:は・・・・はぁ―――・・・・それは、どうも・・・
美:ところで・・・あんた? 大根の尻ッ尾使って・・・なにやってんだい?
ス:へッへッ―――― いやですぜ?中原さん・・・ワシゃあ以前(まえ)にもいったはずですぜ?
道具の手入れ―――・・・って。
お:でもぉ―――・・・本当に、この大根のきれっぱしで、綺麗になるんでしょうか???
ス:もちのろん―――・・・まぁ、この大根の尻ッ尾のほかに、灰を少々使いやすが・・・ね。
サビ落としにゃ、こいつが一番なんスよ――――・・・。
美:・・・って、あんたがこの人に教えてんの―――?
ス:えぇ、そうッすけど・・・・何か?
美:い―――・・・いやぁ・・・あたいらとそう違わねぇッてぇのに・・・大したもんだと・・・
ス:でも―――まぁ、そいつは、永らくの間、ここでみっちりしごかれやしたからね―――・・・
そいつを、今度女将になるこの人に教え込んでる――― ッちゅうことなんすよ。
それにね・・・・そろそろそちらさんが、来る頃合だろうなァ・・・ってんで、そいつの下準備も兼ねて・・・・ね。
美:え―――・・・あ、あたいがここに来る―――ってなのが・・・分かってたのかい?
ス:えぇ――― まぁ、大方、ここのと・・・そちらさんの風評を聞いたうえで・・・ここにきたんでしょーけど・・・
すまんねぇッすが、今日のところは、帰ってもらえんでしょうかねぇ?
明日―――・・・・女将の教育も兼ねて・・・・説明する事が多々ありやスんで―――・・・・
美:(ぇ―――・・・・)は、はい・・・。