≪伍:賓客≫
〔それはさておきまして―――
しのさん、足を挫いていますから、今日はどうも寺子屋のほうはお休みのようです。
しかし、何もしない―――わけにもいかないので、折角だからこの機会に、掃き掃除なんぞをするようです。
――――んが?しかし・・・〕
し:ちょいとっ―――今からここ掃くんですから、どいて下さいな。
素:――――・・・。
し:聞こえてるんでしょう?ちょいと―――あんたっ!!返事ぐらいしなさいよッ!!
素:―――――・・・・。
〜ぶっ〜
し:(お、おならでェぇ〜#)返事をするなぁぁ〜〜―――ッ!!#
素:なんだよ―――・・・ったく、返事しろッつったり、するな―――っつったり、
騒がしいこったねぇ〜
し:(んのぉぉ〜〜# 屁 理屈男が!!)しっかりと聞こえてんじゃないのよ―――
素:姉さん姉さん―――そんなに騒がしいこっちゃあ、鶯さんだって、逃げっちめぇよ。
し:――――・・・・。#
素:あ・・・アレ??どしたの?姉さん―――
ナニ気に表情怖いッしけど―――・・・
し:まぁったく―――手に職のない人間が、偉っそうに風流語ってんじゃないわよっ―――!#
素:・・・それ―――って、もしかしておいらのこと?
し:もしかしなくてもっ―――!あんたの事よ!あんたの!!
全く―――皮肉の一つも通じないんだから・・・。(頭ンきちゃぅわ゛!!#)
〔あれまぁ―――・・・なんといいましょうか、全くもって何事にも動じないといいますか―――
と、まあ、良い言い方をするとそうなんではございますが、
悪く言ってしまうと、鈍い―――と、言いましょうか、飄々としているというか―――・・・
そんな素浪人の態度に、ますますの苛立ちを覚えてきてしまう、ある日の午前の出来事なのでした―――
それからまた暫らくしまして―――この長屋の、しのさんの住まいの戸口の前に、
この界隈では見かけぬ御仁の姿が―――・・・
では、その御仁の出で立ちとは―――
身には小紋
胸元にはサラシ
片手には煙管
―――の、粋な美丈夫のお侍が・・・〕
士:ゴメン―――
し:(あら?) はぁ〜〜―――い!(誰かしら・・・ )
ゴト――・・・ ゴトゴト・・・ ズズ ズズズ〜〜―――・・・
し:ああ・・・ご、ごめんなさい―――戸の立て付けが悪くて・・・(よいしょ――――い゛〜〜よいしょ・・・・)
士:ならば―――手伝うてしんぜよう・・・どれ―――
ズズ ズ〜〜――――・・・
し:あ・・・有り難うございます―――
すみません、お待たせをしまし・・・(あ・・・っ)
士:んん? ワシの顔に何かついています―――かな?
し:え・・・?あら、やだ―――あたし・・・ったら。
い、いえ―――あなた様のお顔立ち、とても男の方とは思えないくらいお綺麗なもので、それで、つい―――
も、申し訳ありません、つ・・・つまらないことを申して―――
士:ははは―――まあ・・・こちらもいつも言われ慣れておるので、気にはしておりませぬよ。
し:あ、ありがとうございます―――(ほ・・・)
あの〜〜―――・・・それより、何か御用で?
士:おお―――それよ、それ。
あい済まぬが、ここに“蝉之介”なる男がおると思うのだが―――・・・
し:セミノスケ・・・ああ、『日暮蝉之介』なら、隣の部屋で寝そべってますけど・・・
士:ほほう―――・・・そうか、そうか。
ヤレヤレ―――手を煩わせおって・・・
し:あのぉ〜・・・それより、あなた様は??
それに、あの人とどういったご関係なんでしょ―――??
士:ああ―――ワシか・・・ワシの名は・・・そうだな、とりあえず左近とでも名乗っておこうか。
それに・・・あやつ―――蝉之介は、ワシの古くからの知り合いでな・・・
まあ、“腐れ縁”とでも申しておこうか。
し:はあ―――“左近”・・・・って、なんだか、北町奉行所の『鷹山左近』様と同じなんですね。
左:うむ―――ワシが、その鷹山左近なるが・・・
し:(え゛?!)
で ぇえええ゛〜〜――――っ?!!
〔そう―――・・・なんと、この下町長屋に顔をだし、かの素浪人『日暮蝉之介』に会いに来た御仁こそ、
その当時をして知らぬ者は皆無といわれる、北町奉行所の与力、鷹山の左近その人だったのでございます。〕