≪漆;邂逅≫
〔そして―――今、この現実に立ち向かうべく、隣の部屋で寝そべっているであろう蝉之介―――
その素浪人と・・・奉行所の与力様とを合わせる算段をとったのであります。〕
し:(あいつとこの方とを引き合わせれば、この謎も少しは分かるかもしれない―――)
あの―――左近様・・・
左:(お・・・)な、なんでしょう―――
し:確か・・・左近様は、蝉之介に御用があったのですよね―――・・・
左:うむ・・・ああ―――そうではあるが・・・?
し:それでは、至急に会ってみてください。
左:(しの―――・・・)ぅむ、分かった。
〔そして―――隣の部屋とを隔てる襖を、勢いよく開け放ってみれば―――!!〕
し:ちょいと・・・開けますよっ―――!!
たぁぁ〜〜――――ん
し:(・・・って)あらっ?!い―――いない??!
左:なぬ―――??
し:そ―――そんな・・・たった今しがたまで、いたというのに・・・
左:(ぬぅぅ・・・)逃げおったな―――?
し:えっ?!逃げた―――・・・・って!?
左:あやつは、ああ見えても、こういう嗅覚はずば抜けておりましてなぁ。
要領よく、また世渡りも上手いヤツなのだ・・・しかも、人を煙に巻く能力にも長けておる!!
全く―――ヤツのお蔭で、何度煮え湯を飲まされてきた事か!!
し:・・・プッ!ふふ―――うふふふ・・・・
左:し―――しのどの??
し:まぁったく―――そうなんですよねぇ・・・あいつったら。
実はですね、あたしも小言の一つや二つを、言って聞かせてやろうかと思ったりしたときには、もうその姿はなくって、
このあたしの怒りの醒めあがったときに 〜ふらり〜 と、舞い戻ってきたりして―――・・・肩透かしばかり喰わされていたんです。
それを―――・・・そんな思いをするようなお人が、同じくしていた―――だ、なんて・・・
それで、自然と笑いがこみ上げてしまって・・・
左:(しの―――・・・そうだ、お前には、その笑顔がよう似合う・・・)
し:ごめんなさいね―――?笑ってしまったりなんかして・・・
左:・・・・いや―――詮無きよ・・・。
今日は、そなたの笑顔のお蔭で報われた思いだ。
し:え・・・?左近―――様??
左:待ち人は―――待っても来たらず・・・と、云う。
また出直して参ろう。
悪かったですな―――しのどの。
〔その―――立派なお侍の、その悔しがる姿を見て、“ああ・・・自分以外にも、あいつにしてやられる人もいるもんだ”
と、思ったしのさん。
思わず笑いがこみ上げてきてしまったようでございます。
しかも―――その事を、左近は咎める様子も見せず、ただ見入っていたご様子。
でも、かの素浪人に、いいようにはぐらかされたのを残念に思いながらも、
今日のところは退散するようなのです・・・が??〕
し:あ・・・あの―――ちょっと待って下さい!
左:(ん―――??)なんでしょう??
し:い―――いえ・・・あの、あいつが戻ってくるまで、そのぉ―――・・・
もう少しお話を聞かせていただきたいと思って・・・。
左:そうか―――そうですな。
幸い、ワシも今日は非番だ、ゆるりと語らいましょう。
し:ありがとうございます―――(うふふ♡)
〔ここでしのさん、思い切って左近を止め―――あの居候が帰ってくるまで、
もう少しお互いをよく知るべく、四方山話なぞをして時間を潰したかったようであります。
そのことに―――左近は嫌な顔一つせず、“今日は非番だから”の一言で快諾をし、もう暫らくここにいるご様子・・・。〕