≪参;或る気になる噂≫
〔其のまた一方でのこちら―――
どうやら珍しくも秋定が、定周りの着物を着て、 北町 の方に来ておるようで御座います。〕
左:おう―――どうした、珍しいではないか、お前が・・・
秋:そんなこと―――どうでもいいやい!
おゥ・・・左近、手前ェこのヤロウ・・・しののヤツに可笑しなことを吹き込みやがったなぁ、お前の仕業だろう!!
左:―――なんじゃと??
秋:“なんぢゃと”―――ぢゃああるかい!
今朝方しののヤツが、あっちから誘ってきやがるから・・・
左:それで―――手痛いのを一発喰ろうたと申すのか・・・
秋:二発だよぅ―――・・・“延髄”と“金的”に・・・
左:(フッ・・・)様(ざま)はないのぅ―――
秋:あんだとぅ―――?!#
〔その理由と致しましても、本来秋定が勤めている『南町』ではなく、『北町』に来ておりますというのも、
宜しく今朝方の一件が、左近の絡んでいるものと推察しましたようで・・・
すると左近からは―――〕
左:さりとて、お前も悪いのだぞ―――
秋:・・・なんでだよぅ。
左:女子(おなご)の意(こころ)と云うものはな―――その場にあってその場に莫きが如しなのじゃ。
強うそれを希む口振りをしておっても、本心はそうではない―――
かといって、秋風の立つ―――つまりは疎遠になっているものと思えば、逆に強く想うておる事が儘にしてあるものなのじゃ。
秋:――――なんでぇ・・・えらく女心に詳しいじゃあねぇか・・・
左:当たり前じゃろうが―――#
ワシは元々女子(おなご)ぞ・・・##
秋:あ゛・・・あれぇ? そうだったけかぁ〜〜――?
左:(ち・・・)これじゃから男というものは――――・・・
〔そこで語られましたるのは、『女心は現世(うつしよ)に在りて、現世(うつしよ)に莫きが如し』のようでありまして、
ナゼに其の事に左近が詳しいのか・・・と、質し掛けましたところ、
なるほど―――・・・そういえば、左近定華も立派な女の子であることを失念しておりましたようデス。
―――と、まぁ・・・ここで括りましたらば、これまた単なる痴話になってしまうのでは御座いまするが・・・〕
左:―――まあ・・・それはそれとしてじゃな。
実を申すとな―――ご老公様とお奉行からのお達しがあったのだ・・・。
秋:ああん〜? あの狒々爺と―――キンさんから?
左:うむ―――・・・
なんでも、あのお二方の云われには、下野国那須野にある封石から・・・
秋:なんだと―――?! あの・・・『殺生石』からぁ??
左:これ―――声が大きい!!
―――お前も知ってのように、あの石の下には皇家を誑(たぶら)かし、
剰えにお国を乗っ取らんとした“あの者”がおるのじゃからな・・・
秋:―――で、そいつが封を破って、出てこよう・・・ってのか。
左:・・・いいや、そこまでではないようなのじゃが―――
どうやらここ最近、“あの者”の妖気が僅かながらに漏れ出しておるとのことじゃ・・・
故に、努々警戒を怠らぬように―――とな。
〔然様―――実は秋定が好んで『北町』に来ている・・・と、いうわけではなく、
左近よりの呼び出しを受けて・・・の、ようでして、
それも事の如何(いかん)によっては、今世(こんよ)を揺るがしかねないモノだけに、
声を潜めながら〜〜―――だったようで御座います。〕