<二>
〔この試合の前日―――場所は、高坂家の道場にて・・・〕
慈:いい?那須野君・・・一応、私が教えられることは、教えて上げられたけど・・・
やっぱ、今の君の実力じゃあ、あの守崎竜次―――ってのには、敵わないと思うんだよ。
陣:ええっ―――で、でも高坂さん・・・
慈:でもね、それはあくまで五分と五分・・・つまり、対等な立場で、土俵に上がったら――――ってコトなの。
陣:え・・・?どういう事―――??
慈:ちょっとね―――今回はズルしちゃおうッかなぁ・・・ってコトなの。
陣:ズ・・・ズル―――ですかぁ??
婀:あ〜〜―――っらら、ジルちゃんたらいッけないんだぁ〜。
陣君にずるい事教えて、勝たせよう・・・だ、なんて。
慈:(ムッ!!)し・・・仕方がないでしょッ!!
婀娜那さん・・・大体あなたが、守崎竜次ってのに、目を付けられさえしなければ、こんな事には―――
婀:いっやァァ〜ン♡ 怖い、怖いぃ〜ン♡♡
最近のジルちゃんてば、怒りんぼさんなんだからァ♡
慈:――――・・・・。#(ぷるぷる・・・)
ま・・・・まァ―――確かに、この策はズルイと言ってしまえば、それまでなんだけど・・・。
婀:(フフ・・・)まあ―――かの剣豪、“宮本武蔵”も、『舟島の決闘』では、わざと時間に遅れて、
相手の“佐々木巌流”に勝ってることだしねぇ・・・。
陣:え?? ふ・・・“舟島”に、“巌流”――――って・・・
あの・・・もしかして、『巌流島の闘い』のことですか??!
婀:そうよ、知らなかった―――?
陣:え―――?? ま、まあ・・・その闘いのことは知っていますけど・・・
“巌流”って、佐々木小次郎の本名―――だったんですか。
婀:(あ゛〜〜〜――――)
ま、まあ・・・私と、ジルちゃんが言いたいのはだねェ、そんなトリビアみたいなことなんかではなくって―――
早い話、今回の作戦は、武蔵見たく、相手に精神的なプレッシャーを与える・・・ってことにあるのよ。
陣:せ・・・精神的な、プレッシャー・・・。
慈:そ―――・・・これが野試合なら、あんまりこんなの通用はしないんだけどね・・・
これは、君達がやっている“道場式柔道”の、盲点をついたことなの。
陣:(え・・・?)道場――――“式”??
婀:そう・・・たとえば、“16畳敷き”の“道場”という『限られた空間』でヤル事・・・これが一つ―――
そして、ルールにのっとってヤル事・・・・これが二つ―――
そして・・・
陣:そし・・・て?(ゴク・・・リ)
婀:『審判』としてのこの私がいること、これがその三つ。
陣:えっ??で・・・でも、婀娜那先生が審判するんだったら―――
慈:ああ、この人にそんな甘い事、期待しない方がいいよ。
陣:えっ―――ど、どうして?
慈:まァ―――・・・結論だけをいうとね、私たち、“そういう風”には出来ていないんだ。
陣:は・・・・そ、そうなんですか・・・。(そういう・・・“風”?)
〔なんだか―――判ったような、判らないような・・・今のジルのこの説明。
(――――が、しかし、陣はこのだいぶ後になって、このやり取りの意味がわかってくるのですが・・・)
でも、どうやら、今回の試合相手の、守崎竜次に、“精神的プレッシャー”を負わせる事はわかったのですが・・・・
それはどうやって―――??〕