<六>
〔ところで―――彼女二人の間には、妙な会話があったのも、また事実・・・。
そう、翔子という女子生徒が言っていた『実家の道場』・・・。
つまるところ―――本来ならば“普通”の女子高生で“普通”の剣道部員であるはずの、橋川小夜が“普通”でないところ・・・
それは彼女が、ジルたちのいる町の、隣り街にある財閥―――『橋川家』の“ご令嬢”であり、
自分の屋敷内には、これまた立派な道場『光臨館』が・・・
つまり、そこで≪示現流≫を体得していた事に他ならなかったのです。
そして―――話の場面も、その道場『光臨館』に・・・〕
小:―――まだ・・・(はぁはぁ)まだまだぁ!! も、もう一本―――
師:・・・・・(すちゃ)ちぃえいすとぉぉ――――っ!!
小:ぐうぅ―――・・・っ・・・
ま・・・・まだ――――まだぁ・・・・(はぁ はぁ・・・)
師:・・・いや、本日はこれまでにしましょう―――お嬢さま。
小:(くっっ―――・・・)は、はい。
〔『お嬢さま』・・・実は、小夜はこの言葉が嫌いでした―――
自分が“金持ちの娘”・・・と、そういうだけで、媚(こ)び諂(へつら)ってきたり、おべっかを使ってきたりするのを知っていたから・・・。
ただ―――自分が『お嬢さま』と、いう・・・たったそれしきの事で、ほかの級友達とは違った待遇でなされる・・・
“ちやほや”されるのが堪らなく嫌だった―――
自分が『お嬢さま』である以外は、他の誰とも変わりないのに・・・
それゆえに、彼女の心はいつも“孤独”だった―――独りぼっちだったのです。
でも―――中二の頃に、書店にて雑誌を立ち読みしていたとき・・・不意に目に飛び込んできたある雑誌、
そのある雑誌を何気なく手に取り、ページを捲(めく)って見ると・・・
それは、“武術”の事に関して書かれている雑誌であり、その中で特に目を引いたのが『示現流』に関して組まれていた≪特集≫・・・
その記事を食い入るように見入る小夜、そしてついに知ったのです。
その時に特集されていた示現流の体得者が、自分のいる町に小さな道場を構えている・・・と、いうことを。
そして―――彼女の足は、ごく自然とそこへと向かい、“見学”を希望したのです。
でも―――最初は断られました・・・それもそのはず、この町に道場を構えているということは、彼女・・・小夜の家の事を知らないはずもないのだから・・・。
しかし、そこの道場主である 青木清秀(あおきせいしゅう) は、度重なる小夜の熱意に負け、一日だけ見学する事を許したのです。
そこで小夜の見たものとは―――・・・
いくら打ちやられても、幾度も幾度も立ち上がっていく道場生達・・・
その一振り、一振りに魂を込めて挑んでいく剣士たち―――・・・
そして小夜はこう思ったのです・・・
―――武術の世界には“壁”は存在しない―――
と・・・。
例え相手が富豪の子息だろうが、“その場”では≪一介の剣士≫・・・
いくら家柄が良くても、鍛えなければ“実”は付いてこない・・・
それゆえに、これだけは“嘘をつかない”―――・・・自分の努力相応に答えてくれるもの・・・と、そう思ったのです。
だから―――彼女が自分の屋敷に戻って、まづしたこととは、一生に一度きりの我が儘・・・
自分のいる町にある、唯一の剣道場・・・示現流のそれ―――を、屋敷内に移築をするということ。
そして、自分もその流派の門下に入りたい―――との旨を、両親に話したのです。
両親も―――最初は反対をしたのです。
それはそうでしょう・・・今まで『蝶よ華よ』と育ててきた愛娘が、いわばそれとは真反対の事を、自らしたい・・・と、申し出てきたのですから。
ですが、その時に―――自分たちに始めて、自分の頭を下げて“お願い”をする娘に―――・・・
真剣なまなざしで頼みごとをする愛娘に―――彼らはとうとう折れた・・・許したのです。
だから、それからの小夜は実に活き活きと―――そして、めきめきと上達していったのです。
高校入学までに、示現のほとんどの伎を吸収し・・・県下においては、まさに比類なき『天才剣士』との呼び声が高かった―――
でも今回だけは違った・・・
自分の知らない顔が―――しかも、自分の知らない流派と技とが、自分の前に立ちはだかり・・・・そして敗れた―――
自分の信じていたものに、急にそっぽを向かれた気になり、
そして今―――がむしゃらに剣を振るっていたのです。
それを見ていた師は―――清秀は、長年武の道に浸っていた感から、今・・・この一人の愛弟子に、
何が起こっているのか、薄々は感じていたようなのです。〕