<第百六章;西部戦線異状あり―――>
≪一節;攻勢ニ転ズ≫
〔この当時―――最も激しい戦闘が繰り広げられた地域に、西部戦線がありました。
そこでは、この度からパライソ勢に参入することとなった、西部の雄―――ラージャの将校である
ノブシゲ=弾正=タイラー
チカラ=左近=シノーラ
―――の姿があったのです。
そして今も、この二人を加えての、これからの戦局の展開を模索していたのでした。〕
紫:私たちは、これから少しづつ攻勢に転じ、これ以上カルマの南下を防ぐためと、奪われたラージャの旧領を回復するよう努めたいと思います。
これについて何か意見のあります方は、忌憚のない意見を述べられてください。
チ:一つお聞きしたいことが―――・・・攻勢に出られるとして、十分な措置はおありなのでしょうか。
紫:・・・十分な措置―――とは?
チ:申すまでもありませんでしょう―――此度の軍を動かすのに、兵たちの活力の源ともなる兵糧のことです。
先頃、もうすでに手前たちの耳にも入っていることで、この城に備蓄されていた兵糧の大半を損なってしまった―――と、聞きましたが・・・
ならば紫苑卿は、なぜこの時期にそのような無謀な選択を為されたのか―――理由の如何(いかん)をぜひともお聞かせ願いたい。
〔紫苑は、この時期積極的にも戦線を押し上げようと、守勢から攻勢へと転じようとしていました。
その理由の一つとして、新たなる将校の参入と、南征するカルマ軍と勢力を拮抗とするため―――と、取られたのですが、
紫苑が知らないはずもない、現在のコーリタニ城が置かれている現状と云うものを、改めてラージャよりの新参の将チカラより質(ただ)されると、
紫苑は―――・・・〕
紫:兵糧の件・・・そうね、別にその件から目を背けようと云うものではありませんが、
これから私たちが目標とする拠点の一つに、 コヤリ があることだけは、ここで明言をしておきましょう。
ノ:コヤリ―――・・・なるほど、つまりそれがしたちが兵糧庫として使用していた処を・・・大胆なことを考えるものだな。
紫:―――と、云いますと?
ノ:それこそ申すまでもないこと―――それがし達とてそう易々と敵の手に陥ちぬよう、兵糧庫には都城ワコウに匹敵するだけの防備を兼ね備えさせている。
そこを準備不足もいいところで攻めたとて、消耗するだけですぞ・・・
紫:・・・ですが、その場所は、もう―――
ノ:そう云うことだ―――それがし達がここにいると云う事は、最早そこは敵の手の中・・・
それに、コヤリだけに拘わらず、 ミノウ山 ジュラク までも陥とされていることだろう。
紫:そうですか・・・貴重な情報をありがとうございます―――。
けれども、だからと云ってここで諦めてよいものなのでしょうか―――?!
今、私たちがこうしているうちにも、カルマは侵攻の手を緩めることはなく、そのために駆り出される兵の腹を満たすために食料は減る―――
ならばシャクラディア備蓄の兵糧を・・・とは云っても、それでは陛下の口に入るモノを制限しようと云うもの、
今年の刈り入れ時まで、まだ半年以上もあることですし・・・だから、喩え無理だとしても、そこを攻略するより手がないのです!!
〔無謀―――無理は承知・・・その上で今回の作戦の立案をした紫苑ではありましたが、
やはり自分の母国に精通をしている者達から、強い反発の声が上がってしまったのです。
それに、コーリタニに運び入れた兵糧も、これからの戦局の展望を踏まえた上で算出された、云わばギリギリの分量であったことと、
それを失ってしまったがために、損失した分を補填したいと願い出てしまえば、女皇であるアヱカや他の官達に迷惑がかかるものとし、
その上での苦慮に苦慮を重ねた紫苑の苦肉の策であることが伺えたのです。〕