≪四節;欲のない一言≫
〔―――ともあれ、この度のコヤリ制圧戦は、敵に計略を看破され惨敗を喫してしまいました。
けれども現在紫苑が生を繋げていられるのは、紫苑やキリエでさえも予期していなかった未明の援軍・・・
ラージャの将校である二人、ノブシゲとチカラがカルマ軍を攪乱した功績が大きかったからなのでした。
そのことに、お礼と陳謝の辞(ことば)を述べる紫苑は・・・〕
紫:この度の出撃は、全くの軽率の極みだったように思われます。
それに、お二人には危ういところを助けて戴いて―――・・・
ノ:おっと―――そいつは云いっこなしだ。
それに御大将である紫苑殿が、こんなにまで強引な手口を使わざるを得ない状況を作ってしまった、それがしたちの責もある。
チ:いかにも―――それに、本来ならば手前たちが率先してやらねばならぬことを・・・
半ば弱腰で臨んでしまった手前たちの方こそ、その辞(ことば)を述べねばなりますまい。
実(まこと)持って―――忝(かたじけな)いことでござる・・・
〔今回の作戦行動は、誰の目から見ても無謀・軽率に映るものでした。
そんな無理をさせてしまったことを、ラージャの二人は殊更に責任を感じてしまっていたのです。
それはともかくも―――“過”もあれば“功”もある。
今回の戦働きでは、あたら困難だとも云えた撤収行動を指揮し、実行に移した二人―――・・・キリエとベイガンにあったのです。〕
紫:それはそうと―――旧・フ国、ガク州の司馬であったキリエ殿と准将であるベイガン殿におかれては、今回の撤収行動が迅速であったとか。
あなたたちの戦局を見極める眼、感服いたしました―――つきましては、私の方より陛下に直接奏上申し上げ、
然る後に何らかの褒賞を賜るよう申し述べてみましょう。
キ:―――いえ、そのことならば、今回の戦、第一の勲功はベイガンこそにあると思われます。
敵軍のあれだけの猛追を、ベイガンが殿(しんがり)で遮ってくれたからこそ、私たちの退路が確保されたのです。
そのことを何卒―――陛下に・・・
〔よく云えば 欲のない一言 ―――悪く云ってしまえば 何か肚(はら)に収めている ・・・賛否の両論があるとすれば、まづそこにあったでしょう。
しかし―――彼らの疑問としているところは、そこだけではなく・・・〕
ノ:ふぅむ―――不思議なものだな。
云わば自分の戦功でもあるものなのに―――・・・
チ:ええ・・・よほど欲がないと云うのでありましょうか―――
それと、紫苑殿―――キリエ殿について二・三お訊きしたいことが・・・
紫:なんでしょう―――
チ:あの方の現在就いている地位は―――? 平の将軍にしては、いくつもの作戦行動に精通していると見えますし・・・
以前からの州司馬としての働きでは、さぞや名のある将軍かと思えば―――・・・
ノ:ああ、そこはそれがしとて得心がいかん。
それに、この国の女皇陛下は、元はキリエ殿の上司であるとも聞いている。
なにか・・・州公と州司馬の時期に、関係に亀裂が生じるようなことでもあったのではないのか・・・
〔それは単なる噂―――けれど噂と云うものは根も葉もないことから、尾や鰭が付いて元の噂より大きくなってしまう嫌いがある・・・
そこにあったのは、遠慮しがちな一将軍が、親しい者に戦功を譲ってあげたことで、元の上司であった女皇陛下との不仲説まで持ち上がってしまったものなのでした。〕