<第百十章;強さと哀しみと切なさと>
≪一節;伝説の将を交えて≫
〔今まで自分たちの危機を幾度となく助けた者の正体とは、旧フ国ガク州の州司馬であり、
これまでに自身の将軍職を明確にしてこなかった、左将軍・キリエその人なのでした。
しかもキリエ直属の上官と云う方が、大尉・驃騎将軍であるヱリヤだと云う女性であり、しかもその彼女が紫苑たちの上官にもあたると云う事を知り、
ここにきて紫苑は心強い味方を得たものとして、ヱリヤもこの度からの西部方面の作戦に出てもらえるよう工面を図り、
今まさにそのことについての作戦会議を開いていたのです。
ところが―――・・・〕
紫:はあ・・・? なんですって―――ラージャの兵糧庫を攻める・・・?
ヱリヤ様、それは本気で仰っておられるのですか?!
ヱ:本気も本気―――だが・・・なにかな、君は作戦行動に移る前から弱腰である・・・と。
紫:そうではありません、幸か不幸か・・・私たちは以前にもそれと似たような―――
いえ、難易度からすれば容易(たやす)いと思われた兵糧などの物資鹵獲の作戦に失敗し、
そのことを為するのに難しいことを思い知らされたのです。
ヱ:では・・・君が思うのに、私がそのようなことを知らぬからこのような大言が吐ける者だ―――と・・・
何を勘違いしている――――カルマを攻むるのに、一筋縄ではいかぬことなど何よりもこの私は知っている。
私ばかりではなくキリエにしてもだ。
それに、私たちが当たって易きことならば、当に国家は統一され万民が平和を謳歌している―――違うかな。
現にそうなってはいないのは、偏(ひとえ)に私たちの至らなさの所以にある。
ただし―――君のように、やりもしないうちからサジは投げたりはしなかったがな・・・
紫:・・・では―――どうすれば・・・
ヱ:すでに知ってのように、私の部下は娘であるキリエのみだ。
ただ―――今まで本来の姿を晒せないようにさせたのは、君たちにキリエを頼みとするようにさせないためでもある。
半身を、龍のままでいるスキュラの状態である私の娘を―――そんな半人前の者に頼られると、実の親である私は一体どのような教育をしてきたのかと嗤い者になるのでね・・・
だが、今日(こんにち)こうして立派に足が生え揃ってきたことだし―――判っていような・・・左将軍。
キ:畏まりました・・・良い戦果をご期待ください―――
〔大胆であり、無理とも思えるヱリヤが立てた作戦―――
それこそは、ラージャの命綱とも呼べる コヤリ・ミノウ山・ジュラク の三拠点を同時に陥とす―――と云うものでした。
しかしそれを紫苑は、過去に一つの兵糧庫の物資の鹵獲を企てたけれども失敗したことがあり、
しかも今回は三つ同時に攻略すると云うのは無理があるのではないか―――と、反論したのです。
それに紫苑は・・・ただでさえ貴重となっている食糧と、国を護る兵士をこれ以上損ねてはいけないと云う危機感もあり、
それから出た発言なのでしょうが、ヱリヤは紫苑の言葉を一蹴し、颯爽と三拠点を奪取するための作戦と軍団の配分を行ったのです。〕