≪五節;慕情≫
ノ:失礼・・・いたしまする―――あの、ヱリヤ様・・・先ほどはそれがしたちの思慮のなさから、あなた様を傷つけてしまうような言葉を吐きまして・・・
ヱ:――――・・・。
〔ノブシゲかヱリヤのいる部屋に入ると、背を入り口側に向け寝台に横臥(よこたわ)っているヱリヤの姿が・・・
それもどことなく拗ねているようにも見えたので、大体こんな時のお決まりの文句を述べてみたのです。
けれども・・・ヱリヤはこちらを向いてはくれませんでした。
ならば―――と云う事で、誠意を見せようとするノブシゲは―――〕
ノ:あの―――ヱリヤ様! この度は、誠に・・・
ヱ:・・・もういい―――私はいかなる理由があれ、君たちの大事としていた処を踏躙(ふみにじ)ってしまったのだ。
君たちから詫びを申し入られる筋合いはない・・・
ノ:―――ですが、それはヱリヤ様考えあってのこと。
そこを宜(むべ)もなしに責めた・・・それがそれがしたちの非にございます。
ヱ:フ・・・ッ―――考えがあった・・・だと? この私に?
あろうはずがない―――あったとしても、それは今の時代までの混迷の因(もと)ともなっているカルマ憎しで動いただけ・・・
いや―――そんな彼奴らを過去に滅ぼせなかった当時の私に憤っているのかもしれない・・・
だから・・・君たちには全くの非はないのだ―――
〔ヱリヤの悩んでいた原因とは、図らずも遥かなる過去の自分―――に、対してでした。
その要因となったのも、やはり云い合っている場面が発端ともなっていたのです。
一方では自分を責める者がおり―――そのまた一方では自分を弁護してくれる者がいる・・・
それも、ヱリヤの立場を判っていた上で―――・・・
つまり―――ヱリヤが部屋へと引きこもり、出入り口に背を向けた状態になっていたと云うのも、
不意に過去の情景が記憶の底から甦り、嬉しさのあまり涕が零れ落ちそうになっているのを知られたくなかったから・・・
けれども―――尋常(よのつね)として、異性同士が気遣うあまり起こす行動は、予測不可能だったようで・・・〕
ノ:そうでございますか―――ならば機嫌が直りましたと云う事で、皆の前に出ては―――・・・
ヱ:あ・・・待って―――こっちに来ないで・・・
ノ:(あっ・・・)ヱリヤ―――様・・・(・・・が、泣いていらっしゃる?)
〔ヱリヤにしてみれば気概の強い言葉を吐けば、この場より去ってくれるものだと感じていました。
ですが―――その言葉で機嫌を直してくれたものだと思い込んだノブシゲは、改めてみんなの前に出てもらう事を勧めにヱリヤに近づいたのです。
すると・・・ヱリヤの口からは、今までにない口調でそのことを拒むような言葉が―――
それに、よく見てみれば、ヱリヤの頬には一筋の水の跡が・・・
それを見たノブシゲは―――〕
ノ:・・・こちらでお拭きを―――
ヱ:いや・・・拭いてしまうのは勿体無い―――
ノ:はあ・・・それにしてもあなた様ほどの勇猛な方でも、存外に涕することがありますとは―――
ヱ:以外・・・だったかな、そうは云っても過去には幾度となくヘマをやらかした、私の尻拭いをしてくれた方達のことを思い出してしまってな・・・
ノ:あなた様が―――・・・
ヱ:・・・そんな、目で見てもらってくれても困る―――ほら、見給え・・・また龍の涕が・・・
ノ:―――龍の涕!!
ヱ:何を不思議がることがある・・・私の娘であるキリエが、君たちの間で騒がれていた蒼龍の騎士だったのだ、
その母親である私が、君たちのような人間であろうはずがないだろう・・・
ノ:ああ、いや―――それにしても・・・龍の涕とは・・・
ヱ:大事に取っておきたまえ、それはたった一度だけ致命傷から救ってくれるものでもあるのだから。
〔伝説にまで謳われていた猛将は、存外に涙脆い方だった―――と、そう思えば、
今しがた彼の方が流されていた涕こそは、例の龍の涕であったことに、改めてノブシゲは驚いていたのです。〕