<第百十六章;赦されざる者>
≪一節;反逆の紅い十字≫
〔エルムが・・・キュクノスを越えられないわけ―――
そのことをはっきりとキュクノスは口にし、エルムもまた・・・そのことをどことなく判っているようでした。
そしてリリアは―――そのことの証しとも云うべき、これらかおぞましい光景を・・・ヴァンパイアエルムの身体が、紅い十字の閃光によって切り裂かれていく様を、
エルムの下僕の熊狗の一匹であるヘライトスの顎(あぎと)の中で見てしまっていたのです。
そう―――エルムはこの時、七魔将の一人によって返り討ちの憂き目に晒された・・・
自分たちが、真剣に・・・真面目に取り組んでいるときに、茶化したりお道化(どけ)たり・・・そんな態度をするから、小憎らしいとさえ思っていたのに、
その人は、自分がどんな風な目でその人を見ていることなど、まるで気にしていない風であり―――
また、自分の窮地には一番に駆け付けてくれて、救ってくれた―――・・・
なんて申し訳のないことを―――・・・
もしあの人が助かったのなら、これからは多少のことは大目に見てあげなければ・・・
もしあの人が戻ってこれたのなら、今までのことを謝らなければ・・・
もし・・・あの人が―――・・・
けれどもリリアの もし は、虚しいことだと判ったのです。
それと云うのも・・・リリアがジェトラルプールの自陣に戻って数刻後―――
俄かに外がざわつき始めたので、それがエルムが命辛々(いのちからがら)逃げ延びてこれたものだと思い、滲む涕を拭って出迎えようとしたところ・・・
けれどそこには―――・・・
リリアが目にしたのは、一体の傷ついた熊狗でした・・・
そう―――あのときエルムに呼ばれ、駆け付けた二体の下僕の内の一体が、満身創痍になりながら戻ってきていたのです。
しかし―――彼らの主であるはずのエルムの姿は・・・どこにも見当たりませんでした。
そこでリリアは、息も絶え絶えである熊狗に近づいて、エルムの消息を訊ねようとしたのですが・・・〕
医:―――待ちなさい。
リ:え・・・? あなた―――は・・・?
〔背後(うし)ろからリリアを引き留める声―――するとそこには、白衣を纏った一人の医師がいるだけでした。
リリアは・・・当初はこの医師のことを訝(いぶか)しんだものだったのですが、次第にこの医師があの熊狗のヘライトスだと判ってきたのです。〕