<第十二章;謁見の儀>

 

≪一節;“影”の人≫

 

 

〔その日―――― アヱカは、早朝にもかかわらず、憂鬱でした。

 

そのワケ――――とは・・・・〕

 

 

ア:(また・・・あの“影の人”が・・・わたくしの夢枕に立とうとは・・・)

 

 

〔そう・・・今、確かに、アヱカは『影の人』と言ったのです。

 

では、その影の人とは、一体何者の事なのでしょうか・・・

 

 

実はアヱカには、幼少の頃から・・・この―――姿は見えねど声のみがする存在のことを、存じていたのです。

民たちの声を聞くにあたり、その返答に窮した時に、実に的確に教えてくれたり―――

危険な道に足を踏み入れそうになったときにも、前もって入ってはいけないと諭(さと)してくれたり―――

その不思議な声のお蔭で、アヱカは危険なこととは無縁だったのです。

 

それが、いつの頃からだったか・・・・アヱカが、物事の善悪の分別が着くようになった頃からか・・・・

この「声」は、ぱったりと聞こえなくなってしまったのです。

 

そのことは―――少し寂しくあったものの、実はその「声」は、アヱカにしか聞こえていなかったらしく、

12・3歳当時の彼女も、『それはそれでかまわない』と、思っていた節もあったのです。

 

 

それが――――・・・そう、あれは、カルマがテラを強襲した時の事・・・

またあの「声」が、自分の身に迫りつつある危険を告げてくれなければ、

あのときの父王や母后と同じく、彼らの歯牙にかけられていたのには、間違いはなかったのです・・・。

 

しかし―――丁度あの時は、逼迫(ひっぱく)した状況下であっただけに、『虫の知らせ』と、思っていたようなのですが・・・・

 

明日―――城にて、謁見をする・・・・と、いう大事を前に、その『影の人』が・・・・

アヱカ姫の枕元に立った―――― と、いうことなのです。

 

 

それでは・・・その夢枕で、何があったというのでしょう――――〕

 

 

影:<アヱカ――――・・・>

ア:(はっ!!)あ――――あなたは??

 

影:<明日・・・君は、ここの国の王様と、謁見をすることになるだろう。>

ア:えっ??な・・・なんですって?! ここの・・・フ国の―――ショウ王様と、このわたくしが??

 

影:<・・・・・そうだ。>

ア:でも・・・・どうして?! そんな・・・大それた事を――――

 

影:<相当に―――驚きを隠せないようだね。>

ア:と―――当然でございます!!

  こんなわたくし如きが、この国・・・いえ―――大陸一の権力者とお会いする―――だ、なんて・・・憚(はばか)りが過ぎる事です!

 

影:<・・・とはいえ、それが当初のあの人の目的でもある―――>

ア:あの・・・人?

 

影:<今は、ギルドの長に収まっている、婀陀那とか言う御仁の事だ・・・>

ア:あ・・・婀陀那さんが?? どうして―――・・・

 

 

〔それは―――彼女・・・婀陀那自身がそう強く望んだことだったから・・・・〕

 

 

影:<ふ・・・ぅ、どうやら―――少し混乱させてしまったみたいだね。

  いいだろう、この事を何の前触れもなく話してしまった、この私にも責任はある・・・・

 

  だから、君は明日・・・・休んでいなさい。>

 

ア:『休む』・・・ですって?! 一体――――なんの事を・・・・

 

影:<この私と――――入れ替わるんだ。>

ア:入れ・・・・替わる?? ナニをおかしなことを言って――――

 

影:<いや、一時的でいいんだ、悪いようにはしない。

  それに、婀陀那という人の顔に、泥を塗りたくはないだろう?>

 

ア:悪いようにはしない―――ですって?!

  いいえ――――お断りいたします! ご自分の事を、何者とも語っていただけぬ方に、このような大事・・・任せるわけには参りません―――!

 

影:<だが―――しかし・・・君は耐えることが出来るだろうか・・・

  この国は大国だ、そこには君やあの婀陀那のような、話の分かる連中ばかりではない。

  だから、そこを―――・・・>

 

ア:お黙り下さい―――! それから先の事、聞きたくもありません。

影:<アヱカ・・・>

 

ア:どうか、お引取りになって――――・・・

 

 

  (はっっ!!)あ・・・・ゆ、夢?? ―――し、紫苑さん!

 

紫:どうかなされたのですか? 急に・・・『お黙り下さい』などと―――

ア:あっ・・・あぁ、申し訳ありません、ゆ、夢を見ていたものでして・・・

  それより、紫苑さんがこちらにこられた―――と、いうことは・・・

 

紫:はい、私のいる隣部屋まで・・・

ア:ご・・・ごめんなさい・・・。

 

紫:いえ・・・。

  (それにしても、ひどい寝汗・・・余程に夢にうなされていたのだろうか・・・・

  これでは明日、ショウ王様に引き合わせるのは、得策ではないのかも―――・・・)

 

ア:紫苑さん―――

紫:は、はい。

 

ア:わたくしなら大丈夫です、明日のショウ王様との謁見には、差し支えございませんから。

紫:ど・・・どうして、そのことを?!!

 

ア:・・・やはり、存じていらっしゃったのですね―――

紫:あ・・・っ。(しまった―――)

 

ア:では、どうして――――どうして、そのことを前もって、わたくしに知らせて下さらなかったのです?

紫:もし―――知ればお受けになられたでしょうか・・・。

  実はこのことは、婀陀那様の密命によって、この私が王陛下と直にお会いして取り決めにしたこと・・・・。

 

  それを・・・そのことをアヱカ様にご内密にした事は、この私の非徳とするところでございます。

  ですが、あなた様がお受けにならなければ・・・・

 

ア:婀陀那さんの面体が穢されてしまう・・・・。

  そうだったのですか―――婀陀那さんが、このわたくしを・・・・

 

  よく分かりました、ですが、もう・・・内密にすることは、これきりにしてくださいまし。

 

紫:は―――面目次第もございません。

 

ア:それでは・・・明日の朝に差支えがありますので。

紫:はい、ごゆるりとお休みになられて下さい・・・・。

 

 

〔この、一種謎に包まれた“影の人”とのやり取りで、つい大声を出してしまったアヱカ、

これを隣部屋にて休息していた紫苑に聞かれたようで、このアヱカの叫び声にも似た声に、急遽駆けつけてみれば・・・・

 

彼女は、滝のような寝汗を掻いた状態で、なにやらうなされていた――――と、いうのです。

 

 

そして―――そこで、夢を見たときに知らされたある事を、そのままに質問したところ、

アヱカには内密にしていたことを、そのままに言われ、紫苑はどきりとしたのです。

 

でも、そのわけを話すと、アヱカは納得し、そこからは内緒事は、なし―――と、いうことになったのです。〕

 

 

 

 

 

 

 

 

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