<第百二十六章;奉竜殿>
≪一節;北部総督府≫
〔かれこれ―――「第一次カルマ征伐」より、三つの月日が経とうとしていた頃。
ガルパディア大陸北部にある、このほど新しくパライソの版図に加わった地域―――ベルべニア・・・
その地域を支配していた、列強クーナの都城であるハルナに新しく「北部総督府」が置かれ、
その長官である「北部総督」に、ある驚くべき人物が就任しました。
その・・・誰もが驚く人事こそ―――〕
ヒ:な・・・なんだか、この国の女皇様―――って、随分とまた懐が深いんですねぇ。
カ:いやはや・・・全くヒヅメ殿の云う通りだよ―――
あたら大逆を侵したに等しい私を、こんなにも重要な役職に据えるとは・・・。
ギ:身が、引き締まる思い―――ですな。
〔これまでの、パライソの北部攻略において大いに苦しめてきた人物―――
カインとギャラハット・ヒヅメの三人・・・この彼らが、「北部総督」になったカインを筆頭に、ギャラハットとヒヅメを彼の副官にするという、
ある意味大胆な人事を発表したのです。
勿論、この人事には多くの反対の声がありましたが、彼らのことをよく知る人物たちによって情状酌量の余地の口添えがなされ、
それによる、女皇アヱカからの「勅命」の一言で反対の声を抑えたところも大きかったのです。
―――とは云え・・・女皇からの絶対命令に等しい「勅命」を掲げるにしても、相当な根回しがそこではありました。
その根回しをした中心的な人物こそ、アヱカの側近中の側近である―――この頃はまだ官位も低かったタケル・・・だったのです。
その彼が―――反対派の人間たちに申し開きをするのに・・・〕
将:判りませんなぁ・・・タケル殿ともあろう者が、カルマからの降将であるあの三人の肩を持ちなさるというのは。
官:そうですとも―――それに、かの地においての苦戦や物資の早期引き上げなど、それらの策は彼のモノに違いありますまい。
タ:確かに―――各々方の謂われにも、尤(もっと)も至極の処にあります。
ですが・・・考えても見てください。
この度陛下が起こされた「西伐」「北伐」に関して、そのほとんどの作戦立案の大綱は、この非才の小官のするところでございました。
〔この頃のタケルは、まだ一介の軍師に過ぎませんでした。
それでも、今回の「第一次カルマ征伐」の、作戦要綱の立案者に大抜擢されたというのも、
彼のことを古くから知るノブシゲ達の口添えもあって―――のことだったのに他ならなかったのです。
それに、彼は軍師としての役割を履き違えてはいませんでした。
そも「軍師」とは―――味方の損害を抑えながらも、敵方の損害を多く出し・・・早期に制圧せしむる役職。
確かに―――「西伐」においては、元々その地域の出身であっただけに土地勘もあり、余り多くの損害を出さずにおれたのですが・・・
「北伐」まではそうはいかなかった―――・・・
それと云うのも、土地勘と云うものが乏しかったことも、要因の一つに挙げられていましたが、
タケルに匹敵する知恵者・・・カインがいたからに他ならなかった―――
その事実の裏付けの一つとして、「西伐」よりも「北伐」の損害の方が多大であった―――
然るに、この事実こそがカインの罪が重大である―――と、カインたちを赦すことに反対していた者達は声高にしていたのです。
しかし―――タケルにしてみれば、それこそが付け入る処でもあったのです。
低い官位とは云えども―――女皇陛下のお気に入りであり、この度の「第一次征伐」の作戦要綱の立案と云う大任を任された・・・
その自分をしても、こうまで苦しめさせた人間を―――ここにこうして味方の内に迎えられるという事を、タケルはある喩えをして反対派の人間たちを説き伏せたのです。〕