<第百三十四章;出師の表>
≪一節;人臣位を極めたる者≫
〔季節は―――夏が終わりを告げようとし、風に秋の風情が漂う頃でした。
その日の朝議で、アヱカは女皇と云う名の下に、一人の男を「丞相」「元帥」と云う最高の位に任命し、
彼の指導の下で国の繁栄を願うようにしました。
けれども、やはり一部の諸官からは不満が漏れだし、元は官位の低かったタケルを、
どうしていきなり最上の位に就かせたかの経緯を、明るみにするように申したてたものなのですが、
彼を担ぎ出した者達の代表として、録尚書事であるイセリアが・・・〕
イ:今、数々の難問に直面しようとしているこの時に、そのような小さき事に捉われてよいものでしょうか。
第一に、我々が推挙申し上げたのは、各々方も存じ上げている通り、彼の比類なき能力があったからこそ。
ならば問いましょう・・・あなた方の中に、この数々の難問を乗り越えられる知恵がおありか。
あるのならば今のこの場でそれを指示(さししめ)してください。
それでなくても、事態は逼迫してきているのです。
これ以上の議事の進行を遅らせる方は、叛意ある者と定めますが・・・いかがですか。
〔今までも朝議の進行などを取り仕切り、発言権も強かったイセリアからの言葉に、適宜な反論さえ見つからなかった諸官は口を噤むしかありませんでした。
そして、女皇から直接官位を賜ったタケルは、その日の内から丞相としての職務に手をつけ・・・
その日の仕事納めには、民事や公事における裁決や決めごとなどを須らく終わらせたのです。
それに、タケルにはもう一つの仕事・・・
軍事最高指揮官である元帥としての仕事もあったのです。〕
ノ:国中の将総てが集まるとは聞いていたが―――まさかお前が一番偉い立場になるとはなぁ。
タ:正直、迷惑はしている。
だが、主君たっての頼みとあれば、聞かぬのもどうかと云う話しだ。
ノ:ま・・・それがしにしてみれば、ようやくお前に似合いの官職に就いた―――と、云うところだな。
〔今の会話は、タケルと同郷にして最も親しき仲であったと云われる、ノブシゲ某との間で交わされたものでした。
けれども、ノブシゲ某の想いは、今回タケルを推挙した者達は云うまでもなく、タケルが天下の能吏だと云う事を判っている者達を代弁したと云えたのです。〕