<第百三十七章;北部総督の思案>
≪一節;北部総督の不安材料―――その一≫
〔西部方面にて、ワコウ城の攻略が展開されていた頃。
同じくして東部方面では、旧クーナ国の都城ハルナに「北部総督府」を置き、その長たる「北部総督」に、ある人物が就任をしました。
その人物とは・・・
奇しくも以前までこの城にて策を巡らし、まだ旧クーナ国がカルマの版図だった頃、
東部戦線を戦い抜いてきた雪月花の三将と、帝国の双璧・楯、旧クーナ国のホワイトナイトなどの雄将たちを向こうに回し、
容易にはハルナを明け渡さなかった、カルマ屈指の致傷とうたわれた カイン=ステラ=ティンジェル だったのです。
しかしこのことは、パライソの朝(ちょう)に出仕している内官達には面白く映ろうはずもなく、少なからずの反発もあったようなのですが・・・
女皇―――アヱカ=ラー=ガラドリエル
大将軍―――婀娜那=ナタラージャ=ヴェルノア
録尚書事―――イセリア=ワイトスノウ=ドクラノフ
云わば・・・パライソの最高意思決定権を持つ三人の人物の承認が下りたため、反対の声は小さくなっていったものだったのです。
それに、彼をそんな重職に就かせたと云うのも、今までにも自分たちの国を苦しめてきた者の才能を、
そのことだけで終わらせてしまうのは非常に惜しい―――と、した意見もあったからなのでした。
つまりは、何者かの意思・意図によって一命を取り留めた、カインとその一派―――
元クーナ国聖騎士団長―――ギャラハット=シャー=ザンフィル
彼の養女でありながらも、実の娘と変わらぬ愛情を注がれた―――ヒヅメ=ヤトー=キュベレイ
は・・・〕
ヒ:カインさん―――西部のワコウ攻略は開始されたようですが・・・
カ:うん―――緒戦としては、どちらも敗けられないところだろうね。
とは云え、長引かせてしまうとパライソに非常に不利に働いてしまう。
そのことは、同じくしてこの城を護っていた立場の私たちなら分かるはずだ。
ギ:冬の寒さ―――で、ございますか。
確かにあれは、建物の内ではそうは感じられませんが、外にて攻めている者たちにとっては、また士気にも係わってきましょうからな・・・。
〔この国が、中々カルマの手から離れなかった理由―――
優れた軍師と、情報の収集能力・・・さらには、知勇兼備の名将がいたから―――でした。
そんな彼らも、実のところ・・・本心からカルマに従っていた―――あるいは降っていたのではなく、
寧ろ内部よりカルマを切り崩すためにそうしていたものだったのです。
では―――なぜ今現在は、パライソ側にいるのか・・・
それは―――そんな彼らよりも先んじて、「埋伏の毒」を実行していた者よりお役御免を云い渡されたから・・・
それに「埋伏の毒」は云うほど易くはなく、十分に相手を信用させ油断させなければならない・・・
そのことを、かつては自分を含める一派で成し遂げようと思っていたところ、こんな自分たちよりも以前にこの謀略を立ち上げ、
カルマを弱体化させていた人物からの誘いを受けた―――・・・
その人物の名を、シホ=アーキ=ガラティーナと云う―――
しかもこの人物、得体の知れないところもあり、あのカインをしても一目置くほどの深慮遠謀の持ち主でもあったのです。〕