≪四節;不埒者≫
〔そして、明けて翌日―――ウェオブリ城から、前日のサナトリウムに向かおうとしたところ・・・一人の麗人に呼び止められたのです。〕
麗:これ―――待ちやれ。
ア:は―――はい、あの・・・どちら様なのでしょう。
麗:妾は―――この国の「王后」リジュ=ホーフェン=アレキサンダーなるぞ。
ナゼに、そなたのような田舎娘が、このような処をうろついておるのか。
ア:わ―――わたくしは・・・この国に招かれた者でして、アヱカ=ラー=ガラドリエルと申す者です。
お后様とはお気付きもせず、とんだご無礼を・・・・
リ:(リジュ=ホーフェン=アレキサンドリア;32歳;女性;この国の王、ショウの正室・・・つまりは『王后』)
フ・・・ン――――全く・・・あの人も、イクもやっておることがわからぬ・・・
このような肥やし臭い小娘を、宮中に招きおるとは・・・風紀の乱れにも関わるわ。
ア:も、申し訳ございません―――何分にも、まだここでの日も浅く、しきたりも存じ上げませんで―――・・・
リ:・・・・フン! どうやらいっぱしの口だけは利くようじゃな、やはり兄上の言っておった通りじゃったわ・・・
ア:(え―――?「兄上」??)
〔一見して、絢爛豪奢な着物に身を包み、黄金造りの冠に装飾品の玉や指輪などは、目も眩まんといったところか・・・
その彼の麗人こそ、『フ国正室・リジュ=ホーフェン=アレキサンダー』だったのです。
だか、しかし―――その口から吐(つ)いて出た言葉は、美しい容姿からでは想像もつかないような、全く裏腹なものだったのです。
それでもアヱカは、丁寧に返答をし、何とかその場を取り繕っていたようです・・・――――と、その時。〕
セ:これは―――お后であらされるではありませんか。
リ:なんじゃ・・・セキではないか、成る程な、そういうことであったか―――
うぬとその飼い主が結託して、この薄汚い小娘を、この燦然と輝ける城に招きいれようとしておるのは・・・
セ:お后様―――お言葉が過ぎますぞ。
リ:なんと? うぬは、うぬが主である王の后である妾に意見しておるのか?!
うぬもまた、随分と偉くなったものよの・・・。
セ:お言葉を返すようですが―――私は、あなた様に「意見」を申し上げているのではありません。
されど、「言葉の乱れは心の乱れ」とも申しますゆえに、他人を貶めるような言動はいかがなものか―――と、申したまで。
それに、アヱカ様の事に関しましても、決定権はこの国を統べる王が握る事・・・我等官がとやかく言う筋合いではございませぬ。
リ:・・・・まあよいわ。
そういえば―――昨日あすこへ行ってみたのじゃが・・・何者か粗相をしたのかえ?
セ:なんですと―――昨日? また・・・どちらの方へ・・・
リ:サナトリウムに決まっておろう。
あすこには、この国をお継ぎになられるお方がおられるからな・・・無下にも放っておくわけにも参らぬじゃろう。
そこで、思い立ってお見舞いに行ったのじゃがな・・・どうも病室内が肥桶を返したように臭いのよ。
これはどうしたことか―――と、思い、そこな小娘とすれ違ってみれば・・・どうしてか、同じような匂いが漂ってこようとは・・・・
ア:あ―――・・・
セ:お言葉ではございますが・・・お后様、昨日恐らくあなた様の前に、お見舞い申し上げたのは、この臣でございますれば―――
リ:なんじゃと―――? じゃが、うぬはあのような酷い匂いをしておるのではなかろう??
セ:恐らく・・・それは、不肖の私めが、ヒョウ君(ぎみ)の尿瓶(しびん)を取り扱っていた際に、誤って落としてしまった所為でございましょう。
ア:えっ―――でも、セキ様・・・それは違――――・・・
セ:それとも―――お后におかれては、ヒョウ君(ぎみ)の下のモノがお嫌いである―――と、言うことですかな?
リ:むぅぅ・・・・まぁ―――よいわ・・・今日のところは、そう言う事にしておいてつかわす。
じゃがな、妾はそこの小娘を認めたわけではないからな―――!!
〔そう・・・この時、偶然か否か、アヱカの助け舟として現れた存在こそ、この国の忠臣の一人である、セキだったのです。
そして彼は、アヱカに対し、これまでにない言い貶めを行っていた王后・リジュに対し、苦言を呈したのです。
こうして、体(てい)のよい形でリジュをあしらったあと、アヱカに対しても・・・・〕
セ:申し訳ございません―――・・・お恥ずかしきは、今の方がこの国のお后様なのでございます。
ア:いえ・・・それにしても、どうしてセキ様はあのような事を? 昨日はわたくしもあの場所へ行きましたものを・・・・
セ:あのお方は―――ご自分より優れている者がお嫌いなのです。
今ではとりわけ、若さも美貌も兼ね備えているあなた―――と、いう存在が・・・それには、あの男とよく似ていることでありますよ。
ア:あの―――男??!
〔この時――――アヱカは、とっさにその存在が、自分とショウ王が謁見する前に、笑いの渦に貶めんとしていた存在・・・・
光禄勲・衛将軍―――ボウ=シャイン=グラシャス・・・で、あることを直感したのです。〕
ア:それはそうと、少々疑問があるのですが・・・
セ:はい、なんでしょう。
ア:ヒョウ様は、お后様のお子にしては、年齢的にも不釣合いではないのか―――・・・と。
セ:ははは―――それはそうでしょう、リジュ様は後妻であられますので。
ア:後妻? ――――と、いうことは・・・
セ:はい・・・先妻―――前(さき)の王后・キョウカ様は、既にお亡くなられておりますから。
つまり、ヒョウ君はそのお方の遺された和子でございます。
ア:そうだったのですか・・・・
セ:しかし―――中華なる国の王が独り身であってはいかん―――と、あの男が実の妹を『后』に推挙した事により・・・
この国は変わってしまったように思えます。
己の利だけを求める『佞臣』ばかりが中央に集まり、忠臣は隅に追いやられて肩身の狭い思いをするばかり・・・
そんな憂悶の日々を送っていたところに、アヱカ様のようなお方に来ていただいて、感謝をしている次第なのでございますよ。
ア:まぁ―――そんな・・・わたくしもそう潔癖すぎる人間ではございません、何から何まで褒めちぎられますと、実に面映ゆくあります。
セ:いえいえ―――私は、当然の事を申し上げたまでの事・・・何の偽りなどございましょうか。