≪五節;幼な児≫

 

 

〔こうして紆余曲折がありながらも、本日の予定であるサナトリウムに向かったアヱカ・・・

昨日セッティングしておいたモノの、効果の現れを観るために、ヒョウの病室に入ったところ―――〕

 

 

ヒ:(ハァハァ・・・)・・・・・誰―――・・・

  (ハァハァ・・・・)・・・・・あなたは・・・・・(ハァハァ・・・・・)・・・・・誰―――・・・・。

 

ア:――――!!!

 

 

〔昨日まで・・・虫の息の様だった彼の病状――――それが一転して、たどたどしいながらも、他人と会話が出来るまでに回復していたのです。

でも、そのことを知るに及び、安堵の胸をなでおろすアヱカ・・・・。〕

 

 

ア:(あぁ・・・よかった・・・)わたくしは、昨日も見えたアヱカと申す者です。

  若君様には、一日でも早くご回復なされますよう・・・・

 

ヒ:(ハァ・・・ハァ・・・)・・・・・そうやって・・・・・(ハアッ・・・・ハァハァ・・・・)・・・・・私の事を心配してくれる―――・・・・

  (ハァハァ・・・・)・・・・そうか、あなたは―――・・・・

=公主=

 

ア:(公主―――!!)いえ・・・・でも、わたくしは・・・・

 

ヒ:(ハァフゥハァフゥ・・・・・)・・・・よかった・・・・(ハアッ・・・・ハァハァ・・・・)・・・・あなたが来てくれて――――・・・・・(ハァフゥハァフゥ・・・・・)

(ハァフゥハァフゥ・・・・・)・・・・・・以前は・・・・・(ハァ・・・ハァ・・・)・・・・よく来てくれて――――・・・・・

(ハァ・・・ハァ・・・)・・・・・・励ましてくれていたのに・・・・・・・(ハァフゥ・・・・・ハァフゥ・・・・)・・・・・それが―――・・・

  (ハアッ・・・・ハァハァ・・・・)・・・・ここ最近では来てくれなかったから・・・・(ハァハァ・・・・)・・・見棄てられたのかと思った―――・・・。

 

ア:そんな・・・「見棄てる」などと・・・身重のあなた様を、放っておかれましょうか―――?

 

 

〔しかし―――この時、この重病人は、今見えているアヱカを、以前にはよく自分を看てくれていた「ヴェルノアの公主」と取り違えていたのです。

そして、アヱカも「自分はその人自身ではない」と否定はしてみるものの、その励ましの言葉が彼にしてみれば、かの「公主」と重ね合わさってしまってもいたのです。

 

それから、病室をあとにしたアヱカは・・・・〕

 

 

ア:はぁ・・・。

  (わたくしは・・・「公主」という方ではありませんのに・・・)でも、どうして――――

 

女:<それは恐らく、あの者の目が見えていないからだろう。>

ア:<女禍様・・・でも、だとすると・・・>

 

女:<さて―――ね、熱に冒されて、視神経が麻痺するというのはよく聞く話だけど・・・

  永らくそういう状態にあると「失明」と言うことにもなりかねない・・・

  けれど、今のあの者の枕の下には「アレ」がある。>

 

ア:<キリエさんの・・・「鱗」。>

女:<うん・・・まあ、幸いに耳も聞こえるようにはなっているようだし、口もたどたどしいながらも利けるようにはなってきている、

  ―――と、なると・・・直(じき)に視力のほうも回復することだろう。>

 

 

〔この時女禍様は、ヒョウがアヱカと公主の存在を間違えた経緯(いきさつ)に、「彼の目が見えていない」ことを述べたようです。

でもまたすぐに、『あるモノがあるから』・・・と、アヱカが気落ちしないように述べてもおいたのです。

 

それから―――アヱカは、日を置いて二・三度、サナトリウムに顔を覗かせるようになり、

すると・・・この重病人の病状も、次第に眼が見え―――互いに会話が出来るようになるまでに回復してきた・・・・

それは、そんなある日の出来事だったのです。

 

いつもと同じように、アヱカがサナトリウムの・・・ヒョウの病室に赴いた時――――〕

 

 

ア:失礼いたします―――

 

児:あれ―――? お姉ちゃん・・・誰??

ア:(えっ? あ・・・)わ、わたくしは、ヒョウ様をお見舞いに来た、アヱカと申す者ですが・・・そういう坊やは?

 

ヒ:これ―――ホウ、その女(ひと)にご迷惑をかけるのじゃないよ―――・・・

ホ:はい、義兄(にい)さん。

 

ア:(え・・・お兄さん?・・・・はっ―――!!)こ、これはとんだご無礼を―――ヒョウ様のご親族の方でありましたとは・・・。

ヒ:いえ、これは私の義理の弟に当たる者ですよ・・・アヱカさん。

 

ア:義理の―――? ・・・と、いうことは・・・

 

ホ:(ホウ=ノトス=アレキサンダー;5歳;男性;義兄ヒョウと18の歳の差がある義弟。)

  ・・・ねぇ義兄(にい)さん、この人母様の言うように、肥やし臭くなんかないよ?

 

ヒ:こ、こら!ホウ! だめじゃないか、そんなことを云っては・・・

  あ―――・・・も、申し訳ない、お気を悪くされたか?

 

ア:いえ―――とんでもございません・・・

ヒ:(あぁ・・・)コラ、ホウ・・・ちゃんとこの人に謝りなさい―――!

ホ:ぇえっ? どうして?

 

ヒ:「どうして」じゃない! この人はね、死に掛けていた私を、とってもよく看て下さった方なんだよ?

  そんな、ご恩のあるお人に対して・・・ダメじゃないか―――

 

ホ:え・・・でもぉ・・・母様が・・・・

 

ア:いえ―――よろしいのですよ・・・

  事実わたくしは、片田舎の小国に生まれ、その民と共に土に親しんできた者ですから・・・。

 

ヒ:・・・そうですか―――でも、義弟の代わりに謝らせていただきたい、申し訳ないことを云いました。

 

ア:・・・・・あっ、そうですわ―――ちょっと花器の花と水を、やり変えておきましょうね・・・。

 

 

〔丁度この時、同じくして病室に見えていたのは、年の頃はコみゅ・乃亜ちゃんと同じくらいの男の子で・・・名を、

ホウ=ノトス=アレキサンダー・・・と、いうようです。

 

実はこの坊や、病床に就いているヒョウとは、その年の差が18も開きがある彼の義理の弟だったのです。

 

では・・・と、いうことは―――そう、その母親は想像に難くなく、

以前に、アヱカを散々非難した女性―――フ国王后・リジュであるのには、疑う余地のないことだったのです。

(しかも、あの時リジュが言っていた事を蒸し返すように、その子供までが・・・とは、余程アヱカの事が気に入らなかったと見えますね・・・)

 

そして、少しながら場の雰囲気が悪くなったと感じたアヱカは、花瓶に供えられていた花と水をやりかえる・・・

そのことを口実に、病室を出たのです。

 

 

でも―――よく考えて下さい・・・・齢5歳の男の子が、義兄の見舞いをする・・・と、いうことにしろ、

たった一人で、サナトリウムに来たりするものでしょうか―――?

 

そう・・・そこには当然―――――〕

 

 

 

 

 

 

 

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