≪七節;泪を払って―――≫
〔その一方、サナトリウムで酷い事を言われたアヱカは・・・・〕
ア:――――・・・。
女:<気を・・・病む事はないよ、アヱカ・・・。>
ア:でも―――そうは申しましても、わたくし・・・お后様に怨みを買われるような事は何一つ―――
女:<仕方がないよ・・・あれがあの人の性分なんだろう。>
ア:はあ・・・・あっ、キリエさん・・・。
キ:どうも、それより―――どうしたんです? 珍しくしょげたりなんかして・・・
ア:・・・・・・・。
ぅ・・・・・ぅぅ〜・・・・う・ぅ―――――
キ:ア、アヱカ様??! と・・・とりあえずこちらに―――
〔明らかに気落ちして、しょげていたアヱカ姫・・・それを察し、女禍様が慰めては見るものの、余り効果は得られず・・・
―――と、そこへ、キリエ婆が姿を見せ、暗い表情をしていたアヱカに、何があったのかを聞き出そうとしたところ、
日頃・・・滅多と人前では泪を見せたことのない者の目からは、大粒の泪が――――
今までに、堪(こら)えに堪(こら)えていたモノが、ようやく自分を理解してくれる者と会ってしまったために、堰を切ったように溢れ出てしまったようなのです。
でも・・・しかし、このままでは一体何の理由で、アヱカが泣いてしまったのか分からないので、自分達が泊まっている宿に手引きをしたのです。
そして―――アヱカが落ち着いたところを見計らい、泣いた理由を聞いてみれば・・・・〕
キ:な―――なんですってぇ?! ここの・・・王后に―――そんなことを?!!
ア:はい―――・・・。
コ:ひ・・・酷い奴ですみゅ!!
乃:しどいやちゅ・・・ゆゆさないみぅ!
キ:う・・・・ぬうううぅ―――ゆ、許せない・・・我らの主に、なんという侮辱を――――
・・・よし、そっちがそのつもりなら――――
〔初めは―――見た目通りの、皺枯れた声で会話をしていた老女・・・
―――が、しかし・・・
事の顛末を聞くに及び、しかも興奮してしまった所為もあるのか、その声は次第に若々しく、張り・艶のある声になってしまっていたのです。
そして、ナニを思い立ったのか、急に立ち上がるキリエ―――でも、そこへ・・・〕
ア:待て―――キリエ――――
キ:(えっ?!)女禍様―――?
ア:そうだ・・・お前は、これから何をしでかそうとしている。
キ:な・・・・「ナニ」を―――と、云われましても・・・
ア:まさか・・・かの王后に対し、よからぬ事をしようと、考えているのではなかろうな。
キ:うぅ――――っ・・・
ア:図星・・・か―――ヤレヤレ・・・
いいかい?キリエ―――そう短慮を起こすのは、分からないでもないが・・・もう少し、アヱカの事を考えてもらえないかな。
キ:ア・・・アヱカ様の事を―――ですか?? でも、そうは申されましても・・・
今時分の私の行動原理には、この方の事を第一に考えて――――
ア:そうか・・・ならば、この際だからよく頭に入れておいて貰おう。
キ:(え・・・?)は、はい。
ア:一介の客人に過ぎない者の従者が、一国の・・・それも大国の王の后に手を出した―――と、あらば、
その客人であるアヱカ・・・ひいては、アヱカを紹介してくれた、あの婀陀那とかいう人物も、立場上悪くなってしまうのではないだろうか。
キ:(はっ―――!)・・・・。
ア:それに・・・身分が対等であったとしても、一国の家臣が他国の貴人を害してしまったなら、その結末は火を見るより明らかな事だろう。
キ:は―――はい・・・。
ア:だから・・・アヱカが我慢しているのだから、お前が短慮を起こすべきではないんだ。
キ:も・・・申し訳次第もございません。
私はもう少しで、取り返しのつかない過ちを犯すところでした・・・どうか、お赦しを―――
ア:いえ―――よいのですよ、キリエさん・・・
キ:ア・・・アヱカ様!
ア:わたくしは・・・その心情を吐露できる方々がいるだけ、まだましかもしれません・・・・
この世の中には、それすらも出来ずに、迷う方が多くいらっしゃる事ですから・・・・。
〔自分が仕えている主を侮蔑された事に激昂し、その相手に対し、何かしらの報復の手立てを思い立ったキリエ――――
しかし、これから好からぬ事を考えている者を戒めたのは、女禍様だったのです。
そして、その行動は分かるものの、正義ではない―――と、諭し、何とかキリエを思いとどまらせたのです。〕