<第十七章;新州公>
≪一節;馬車に揺られて≫
〔某日―――早朝、しめやかにウェオブリの城下町を出立する馬車が・・・
その中には、アヱカとセキの二人だけ、ではこの二人は馬車でどこに向かっていたというのでしょう――――
それは・・・
ウェオブリより三里(約9k)南下したところにあるレイ州に・・・・
では、その理由は―――?
それが、些細な失敗を、まるで大事のように仕立てられ、しいてはそれが中央府にいられなくなる事につながってしまい、
やむを得ずとして、地方に下った・・・・と、いうことなのです。
でも――――・・・? 不思議に思わないですか?
それというのも、確かアヱカには、小さなお供が二人・・・ついていたはずなのに―――
それが、現在はその二人は供にはついてはおらず、その代わり(?)として、
この国の侍中の一人、セキがついている・・・と、いうことなのですから。〕
ア:・・・・申し訳ございません、セキ様。
元々は、わたくしの責ですのに、フの重臣であるあなた様を、わたくしとご一緒にさせてしまうなんて・・・。
セ:はは―――イヤイヤ、このことはイクたっての頼み・・・かの地に赴いても、あなた様を知らない顔ばかり―――
しかも、あなた様にとっても、向こうの顔を知らず―――・・・だろうということで、
不肖の私めが渉(わた)り役をして差し上げろ・・・と、こういうことなのです。
ア:はぁ・・・それはそうでしょうけれど―――
セ:それよりも、アヱカ様も、あの小さなお二人から離れてしまって・・・淋しくはありませんか?
ア:それは・・・仕方のないことです。
お使いで出て行ったキリエさんが、まだ帰ってきていないので・・・
それで・・・キリエさんが帰ってきたなら、一緒にこちらに向かう―――と。
セ:そうでしたか・・・。
〔そう―――あの二人の代わりに、セキがいたことの背景には、実はこんな裏事情があったのです。
そして、馬車に揺られていくこと数時間・・・・
とある奇妙な事実に、二人・・・・いや、三人は気付かされたのです。〕
女:<・・・・おかしい―――>
ア:<・・・はい?なにが―――おかしいのです?女禍様。>
女:<いや・・・もう、レイ州の州城に着いても、おかしくない頃合なのに―――>
すると―――
セ:おかしい―――いくら駄馬でも、もう着いてもよい頃合なのに・・・。
これ―――御者、一体どうなっているのだな?
〔それは、アヱカの身に宿る女禍様とセキの、不思議なる見解の一致――――
それが、もうレイ州の州城に、いつ着いてもおかしくない・・・と、いうことなのですが―――
そのことに疑念を抱いたアヱカが、窓外に目をやると・・・・〕
ア:(チラ)(ぅん―――・・・・?!)北に・・・・向かっている―――??
セ:な、なんですと??
これ―――!これは一体どうなっておるのだ?!! 我々はレイ州に向かうべく、その進路を南へ向けているのではないのか?!!
御:へ??へぇ―――・・・そうは申されましても〜〜
オラは上からの下知通り、馬を進めているだけでして――――
セ:(上からの――――・・・)
では、その令書を見せてもらえぬか。
御:へぇ〜〜―――それはようガンスが・・・(ガサ)これでガンス。
セ:(サッ――)・・・・・うっ!こ・・・・これは!!
〔馬車の窓から外を見たアヱカは、“北”と言ったのです。
その一言に、抱いていた疑念は確信に近しいものへと変わり・・・
そして、それを確かめるべく、セキは、馬車の御者が携えているはずの令書を見せるように促し、
それを受け取り、急いで見たそこにはなんと・・・・・。〕
―――足下ヲ、ガク州ノ州公ニ、任ズ―――
女:<やられたか―――、それにしても、アヱカを疎ましいと感じていたとは・・・“先見の明”があると、褒めたほうがよいのかな??>
ア:<ええっ―――?? それは・・・どういうことなのです?>
女:<フフ―――つまりね、君はあの連中の策略によって、『左遷』された・・・と、いうことなんだよ。>
セ:う〜〜―――おのれ・・・この機をよいことに、とんでもない処に飛ばしおるとは・・・
ア:セキ様?それはどういう事ですの?
セ:・・・・今、我等が向かっている場所は、この国の中でも、最も治安が悪いところなのです。
しかも―――、ここ数年来、州公も太守も不在で・・・州牧が総てを取り仕切っていたのですが・・・・
ア:まぁ―――、でも、それでは何も心配すべき事では・・・
セ:実は・・・その州牧が、民より搾取―――しかも、カ・ルマとの癒着の疑いも、浮上してきておる次第でして・・・
ア:ええっ――!!? カ、カ・ルマ??! な・・・・ナゼ―――
〔なぜならば、そのガク州が、フ国の一番北西に位置し・・・カ・ルマにも地理的に、最も近かったから・・・・〕
セ:(くぅ―――っ・・・)しかも・・・ご丁寧に、カ・ルマ癒着の疑いのある、州牧をも監視するように―――
と、取り沙汰されておるとは・・・・念入りな。
ア:そうですか・・・でも、上からの下命は下命です、逆らうわけには参らないでしょう・・・・。
セ:いやはや―――実に申し訳ございませぬ。
こちらも、てっきりレイ州に下る事かと思っていましたものを・・・・それを―――
よりによって、ガク州に赴く破目になろうとは―――これから、ご苦労をおかけする事になろうとは思いますが・・・。
ア:いや―――そう、気にはしないで戴きたい。
これから私が赴くガク州が、セキ殿の言われるように、余程荒んでいるようならば、
この私が手を加えて、元のように瑞々しい豊饒の地に戻して・・・・いや、変えて御覧にいれますよ。
<女禍様―――・・・>
セ:(アヱカ――――様??)
・・・・あなた様が、その覚悟でありますなら、最早、私如きが申すべくことはありませぬ。
ア:いえ―――・・・とんでもございません、あなた様には、これからご助力になっていただかないと・・・。
セ:その言葉・・・・有り難く頂戴いたします。
〔この時―――アヱカの口を借りて、その決意を語ったのは・・・・なんと、女禍様だったのです。
でも、セキにはそんなことは分かろうはずもなく――――しかし、ある疑念と決意が、彼の胸中に芽生え始めたのです。〕
セ:(この方は、実に不思議な方だ・・・。
時には何も知らないでいるように装っていたり・・・・それに―――
今のように、その決意を述べるにあたっても、古えの事はとてもお詳しい・・・・
それに―――! いつぞやは、私が仁君の信奉者である事も見抜かれた・・・
これはもしや―――・・・今は、この方について行った方が良さそうだ、その上で離反も念頭においておかねば・・・)
〔『離反』とは、ある固定の勢力から“寝返る”ことを意味するものであり・・・
セキがこんな大逸れた事を思いついた背景にも、大国=フ=の腐敗が、
もうどうにも止まらないところまで来ていた事の、示唆の顕われでもあったのです。〕