<第十八章;雄躍の時機>
≪一節;竹林の庵にて―――・・・≫
〔新・ガク州公・アヱカの打ち立てた政策は、“質素倹約”を第一に、その旨としたものでした。
――二年もの租税の免除――
――二割の兵役の削減――
などは、民達にはとても喜ばしい事なのですが・・・
その反面、地方の官僚達にとっては、実に苦々しかった。
―――と、いうのも、実にその五年もの間、甘い汁を吸っていた者達にしてみれば、そう思ってしまうことは必然だったのです。
そして―――― この噂は千里を走り・・・フの各州公、果ては他の列強の国主や、
その幕僚たちの耳まで届くのも、“遠からじ”・・・といったところのようです。
それは、こんなところにも――――〕
タ:これ―――ナオミ・・・
ナ:はい・・・こちらに―――
タ:近頃・・・噂では、中華の国の、とある州に於いて、善政を施いている者がいる・・・という話だが―――
それは真か。
ナ:・・・はい。
かの国に於いては、=白雉=と=鳳=が潜り込んでおりますが・・・
二人の報告によれば、そのかの州公は、新たにガク州に赴任した者のようです。
タ:ほう―――、あの・・・ラー・ジャやカ・ルマに程近く、五年もの間、民を苦しめてきた処が、か―――・・・
して、その御名前は――――?
ナ:――――・・・・。
――アヱカ=ラー=ガラドリエル――
タ:(フッ―――フフフ・・・)そうか・・・・既に大意は動き出した――――
そう捉えてよいのだな。
ナ:御意に―――
〔竹林の庵の主タケルは、一つの州にて、善政を展開させている者の名を聞くに及び、思わず笑いがこみ上げてしまったのです。
しかし、その笑いも“失笑”などではなく、むしろ愉快さが先行したものだったようです。〕
ナ:あの――― タケルは今、何を考えて・・・
タ:・・・・それを知りたいか―――
ナ:はい・・・。
タ:そうか――― では、これよりワシの言う通りに動いてもらおう、
ナニ、心配せずとも、言う通りに動いていれば、自ずとワシのなそうとする事も見えてくることだろうからな。
ナ:では、どのように―――・・・
タ:うむ、では・・・まず――― お前は件の“夜ノ街”にいた新ガク州公殿が、
フ国に赴いてから、現在のその地位にどうして至ったかまでの経緯(いきさつ)を洗え。
ナ:はいっ―――
タ:それから・・・・=鵺=
ユ:・・・・こちらに――――
タ:お前はこれから、弾正にワシが面会をしたい事の由を伝えてはくれまいか。
ユ:かしこまりました―――・・・。
タ:(フ―――・・・これで、ワシが目をつけていたお方は、着実に動き出された・・・
ならば、こちらも動き出さなくては――――な。)
〔こうして―――タケルは、自らが囲っている=禽=を、ある目的のために動かせたのです。
その目的というのも、ご多分には漏れず―――・・・
しかし、そんな彼も、今は身なりを整え、ラー・ジャがの都の、ワコウにあるという、とある大邸宅を訪れていたのです。
そして、その大邸宅の主らしき人物と面会をするタケル・・・・。〕
ノ:ほぉう―――― お前のところの供が、“主上が若年寄さまに会いたいそうそうです”と申していたが・・・
まんざらウソではなかったらしいな。
タ:――――まぁな、それに・・・以前にしておいた約束もあることだしな。
ノ:――――約束・・・・
タ:(フフ―――)確か、言ったはずだが・・・? 『またこの国を離れる際には、教えておく』・・・・とな。
ノ:(うっ―――)そ、そう・・・・だったな―――
タ:うん?おや・・・何か気がかりな事でもあるのかな。
ノ:いや――――・・・・まさか、お前・・・・フにいくんじゃ―――
タ:――――どうしてそう思う。
ノ:・・・・あそこの一つの州が、以前の評判からは、考えられない程の善政を施いている、と聞いてな・・・・
タ:ほほう―――― そのようなことが・・・・
ノ:な・・・・っ!? お前―――知らなかったとでも・・・
タ:――――まぁな、それにこちらとて隠棲しておる身なので、目や耳は塞がっていると言っても過ぎる事ではない。
ノ:だが――― お前には=禽=という・・・
タ:あの者達は――― ワシが“ああだ”“こうだ”と、言う通りにしか動かん・・・
それに、とりわけ今日のは、若年寄殿に会うから―――と、ただそれだけに過ぎない。
ノ:そうか――――分かった・・・。
で、どこへ行くつもりなのだ。
〔その大邸宅の主は、以前にもあったように、ラー・ジャの高級政務武官『若年寄』であり、タケルの幼馴染でもある
ノブシゲ=弾正=タイラー
だったのです。
では、どうしてタケルが、幼馴染の、ラー・ジャの重臣に会っていたか・・・と、いうと、
以前に、この人物と口約束していた事、『今度この国を離れるときには、一言知らせる』というのを、
タケルは、律儀にそのことを果たしたのです。
――――が、しかし・・・ノブシゲにとっては、この切れ者が、自邸に訪れたその理由――国を出る――ということを、
最近、冨に評判になりつつある、隣国の州の一つへでは―――・・・と、疑っていたようなのですが・・・〕