<第二十章;竹林の庵を訪ぬう州公>
≪一節;州軍を視察する≫
〔その日の領内見廻りで、以前に目をかけていた孝子の自宅を訪問し、須らく報奨の類を詳らかにしたのはいいのですが・・・
その後、馬車の車内にて―――〕
セ:あの・・・州公様。
ア:うん―――なんだろう。
セ:州公様が感服したがゆえ、あの一領民に頭を下げなさった・・・・。
そのこと自体は、道理として分かる、非常に分かるのですが―――
今後は、他の官達の前では、差し控えていただかないと・・・
ア:ナゼ―――、私は人としてのあり方を指し示しただけで・・・
セ:ですから――― そのことはよく分かるのです。
ですが、官が皆、私のように順応してくれれば、何も問題はないのです。
アヱカ様もご承知のように、今、アヱカ様がなされたことを“善し”とする官のほうが少ないのです。
その反対に、『下々の者に、簡単に額ずきおる州公は大した事はない』『ならばそれ相応の応対でよいではないか』
と、言う具合になってくるのです。
ア:――――・・・。
セ:ですから―――
ア:もういい―――分かった・・・
セ:アヱカ・・・・様―――
ア:少し軽率だった、それでよいのだろう。
セ:はい・・・今のところは、ご自重されて下さい。
〔以外にも、侍中・セキの口からは窘(たしな)めの言葉・・・。
けれどもその言葉は、フ国が傾き始めている事の顕われでもあったわけで、
このご時勢に仁の政を推し進めたとしても、周囲りから白眼視されかねないから・・・ということでもあったのです。
そのことに、少しがっかりとせざるをえない、州公としてのアヱカなのですが・・・
それでも、自分たちがやっていることを、少しでも浸透させるため、また今日も政務に勤(いそ)しむのです。
それはそれとして――― これはまた、別の日の一コマ・・・
どうやらセキに、とある処に赴き、激励をするように促されたようです。
では、そのとある場所とは・・・・そこへ、キリエを供として赴くようです。
しかし、そこは紛れもなく、州軍の練兵場―――
この州を、外敵の侵入や、内からの反乱を抑えるために存在している『州軍』。
事実上、ガク州のトップとして就いているアヱカは、州軍の司令官でもあるのです。
その視察に入った折―――どうやらこんなことが・・・〕
ア:(ふぅむ―――)なぁ、キリエ・・・
キ:はい、なんでしょう―――
ア:お前は、この州兵達の訓練・・・どう見る?
キ:“どう”・・・・とは、少々難しい問題です。
ア:そうか―――
キ:はい。
訓練法も実に単調で、実践的なところは何もなし、よくこんなもので“国”や“州”の境が護れるものと、半ば感心はしています。
ア:だが、それは―――
キ:・・・・はい。
今は行き方知れずとなっている州牧が、裏取引などで保身を図っていたからではないか・・・と。
ア:うん、そうだな。
行方の知れていない、ここの元州牧も気がかりだが、今はそのことより、兵の練度を上げることが先決となってくる。
―――と、いうことで、やってくれるな、キリエ。
キ:はい―――かしこまりまして。
ア:よし・・・では、すぐにでも州軍を統括できる称号を与えよう。
それよりも―――今の州軍を束ねているのは誰だろうか、その者とも直に会って、役目の引継ぎをさせなければ・・・
〔それは―――州軍の内情を知らない新州公であっても、兵の練度が低い事を如実に物語っていたものでした。
それゆえに、元々ご自分の部下であり、武官でもあるキリエに、兵の練度を上げるように指示を出しておいたのです。
そして、軍の実権を移行させるために、今、この州軍を掌握している“将軍”を訪ねようと、兵の一人に質したところ・・・〕
兵:ああ―――将軍なら、あの天幕に・・・
ア:ほう―――
兵:でも―――新しく就任した州公様でも、すんなり言うことを聞くかどうか・・・
それに、今は入んないほうが無難ですよ。
キ:それはどうして―――?
兵:いや、ほら・・ここんとこ兵役といっても、ただの訓練だけで、自分で戦場に出て〜〜ってことはしなかったんで・・・
それで腐ってしまって、酒びたりの日々なんです。
ア:(酒びたり・・・)それはまた、怪しからん話だなぁ―――・・・
キ:(ププッ!)ええ・・・本当に・・・
ア:・・・そうか、分かった―――私自ら会うから、案内してくれないか。
兵:はいっ―――承知いたしました。
キ:こんな明るいうちから『酒びたり』・・・だ、なんて、まるで誰かを髣髴とさせる話ですよね、主上。
ア:(はぁ・・・)それを言ってくれるな、キリエ。
反面、私も耳が痛い・・・。
<あの・・・それはどういう事なので?>
女:え゛っ?!!(ギクリ) あぁ・・・いや、その――――
キ:(フフフ・・・)アヱカさんも、聞いた事がありませんか?
ある日、誰かさんと誰かさんが、飲み比べをしてて・・・令書を、全く違う官省に出してしまった話―――とか・・・。
女:ああっ―――おい、キリエ・・・
ア:<えっ??違う・・・官省?>
キ:ええ、そうなんです。
本来なら軍関係に出さなければいけない令書を、財務のほうに廻してしまったり―――とか・・・。
女:あれは―――・・・すまなかったと言っただろう。
もう・・・そんな過ぎ去った事を、今蒸し返さなくてもいいじゃあないか・・・。
ア:<えっ?! あっ・・・それ―――って、まさか・・・>
女:(はあぁ〜・・・)そう・・・私なんだ・・・。
コラっ―――キリエ、それは口止めしておいたはずだろう?
キ:あら、そうですか? でも・・・だとしても、もう時効なのですから、構わないじゃあないですか。
女:それはそうだが―――・・・全く、悪いヤツだなぁ、そういうことをすると、アヱカの私に対する心象(イメージ)が下がるだろう?
キ:あら?普段は心象などの体裁は、気になされないほうなのに・・・酒の上での失敗談だと、気にされるんですか?
女:ぐ・・・・ぅ・・・・
ア:<クス・・・クスクス・・・>
女:アヱカ・・・ほら見ろ、笑われてしまったじゃあないか。
キ:それはどうも、申し訳ございませんでした。(うふふふ・・・)
〔今までのは、州軍の将の下に行くまでの会話なのですが・・・
その将の体たらくを聞くに及び、実に“怪しからん”としながらも、その反面耳の痛かった女禍様。
それはどういう事かと尋ねてみれば、もれなくその部下から、『酒の上での失敗談が多々とある』ことを露呈されてしまったのです。
そのことを聞くに及び、つい笑いを漏らしてしまったアヱカ・・・でも、その笑いも“失笑”などではなく、
『伝説上の“皇”と讃えられた方でも、やはり一個人なのだ』という事を知った上での、安堵の笑いだったのです。〕