≪二節;虎鬚≫
〔そうこうしているうちに、件の将が在営している天幕につき、早速面会をしようとするアヱカ。
すると、そこには、熊のような体躯に、顔にはまるで虎のような鬚を蓄えた一人の偉丈夫が・・・
そう、その者こそ―――〕
ヒ:(ヒ=チョウ=ベイガン;30歳;男;その厳(いか)つい面構えゆえ、付いた仇名が『虎鬚(こぜん)将軍』)
(グビ―――・・・グビグビ・・・)っっ〜〜―――っぷあぁっ! ん〜〜? 誰でぇ・・・・(ウィ〜〜ック・・・)
兵:あっ、はい―――、新しい州公様が、将軍に会って申したい事があるそうで・・・
ヒ:あ゛あ゛〜ん?州公・・・? はっ―――どうせ同じ輩だろうよ。
適当な事を言って帰しておけ、オレは今忙しい。(グビ・・・)
兵:あのっ―――、そのことなんですが・・・もう、こちらのほうにこられていて・・・
ヒ:あ゛ンっ―――?! あんだと?
ア:ふ・・・そんなに、そなたを押さえつけている者が、気に食わないのか。
ヒ:ああ―――・・・(ゴキュ―――ゴキュ―――・・・)ぷっはアぁ〜〜―――!! ・・・・まあな。
キ:これッ!州公様の御前であるのに、その態度は何事か!!
ヒ:あん〜〜?! ・・・・誰だい、あんたぁ―――(ヒックッ)
キ:(ムッ!)私は―――・・・
ア:よい、キリエ―――
キ:ですが・・・しかし―――
ヒ:ほぉ・・・キリエってのかい、あんた・・・。
―――で、二人してオレに何の用だい。
ア:何の用―――と、いうわけでもないのだが・・・兵の鍛錬を怠っている、と聞いたものでな。
ヒ:へっ――――へヘヘへ・・・・・
ア:うん?何がおかしい。
ヒ:だってよぉ――――(グビグビグビ・・・・)
兵の鍛錬なんざ、『経費の無駄だからするな―――!』・・・っつったのは、そちらさんのほうなんだぜぇ〜?!
キ:(なんですって?!!)
ア:――――・・・。
ヒ:それによっ―――!(どんっ!)
ここ数年、向こうさんの方も音沙汰なし――――ってな・・・お蔭で、こっちは酒の飲める暇もできて、願ったりもねえよ―――!!
〔そこで腐っていた者は、自分の武を試したくても試せないでおり、その鬱憤を晴らすかのように、まるで浴びるように酒を呷(あお)っていた、豪の者だったのです。
しかし、もう今では、このガク州を事実上統括する者は変わっており、その指令は無効・・・なのですが、
この話を聞いて不憫に思ったのか、今度はアヱカのほうの出足が鈍ったようです。
そんな州公の気配を察したのか、キリエがふと天幕の片隅に目をやると―――・・・〕
キ:(チラ)・・・・そこに立てかけてあるのは、よもや『二又蛇矛』・・・では?
ヒ:ン〜〜―――? ・・・ああ、そいつはオレの得物だ。
キ:ふゥ―――ん・・・出陣命令も出ず、腐っている割には―――、よく手入れが行き届いているわね。
ヒ:はっ―――!(グビっ―――グビっ―――)かはぁぁ〜〜〜―――っ!!
そりゃ当然だろうよ・・・なんにしろ暇でヒマで、することっつったら、酒を喰らうか、得物の手入れしかすることがねぇからなァ?!!
キ:ふぅん―――・・・(ス―――・・・)
ヒ:おいおい、よせってよ―――あんたみたいな細腕で―――・・・ええっ?!!
キ:(チャッ―――!)(長さ・・・重さ・・・ともに申し分はない―――持ち主の手に馴染むように造り込まれている・・・)
惜しむらくは―――このような処の隅に追いやられ、嘆いているということか・・・。(ボソ)
ヒ:(な―――なんだぁ?!この女・・・重さ八十斤(約48kg)長さ一丈(約3m)もあるオレの得物を・・・
それをこともなげに、片手で持ちやがるとは―――・・・)
〔“武”を『識る』者は、己の修めた“武”を蔑(ないがし)ろにされる事が、どんな屈辱にも勝る事を知っていた・・・
それは、今も―――昔も―――変わることはなく・・・
しかもそれが、上のほうから押さえつけられるようなものだと、いっそうに鬱屈が溜まっていくものであり、
それが次第にしたの兵卒などに“八つ当たり”的なものに変貌していくのは、そう珍しくはなかったのです。
しかし―――ヒは驚いたのです。
この軍の兵士達の中では、誰一人として満足に持ち上げられない自分の得物を・・・それを新しい州公のお供は、“軽々”と―――??〕
ヒ:・・・・あんたぁ――― 一体何モンだぁ?(ギロリ)
キ:(ふ―――・・・)私は、州公様に、『これから州軍の統括をせよ』とのご命令を拝命した者。
キリエと申し上げる。
ヒ:なんだぁ―――?! (ククク・・・)面白れェことを言うじゃあねェか・・・
軍を掌握しているこのオレを、またもや蔑(ないがし)ろにし・・・どこの誰とも分からねェ者に、軍の指揮をゆずれ―――だぁ?!
はっ―――!こいつはァ傑作だぜ!! おウ!上等じゃあねえか!! なぁらこのオレと立ち会って、腕尽くで奪ってみな―――!!
ア:ああっ―――こ、これ・・・・
キ:主上・・・。
それが、州軍を統率出来うる最低条件ならば、た易いこと――― さぁ、表に出なさい。
〔そして、その者はこう理解したのです。
またも、自分を力で押さえつけ、剰えに州軍の指揮・統率剣をも、その手から取り上げようとしているという事を・・・。
しかし、キリエは、しかと見届けたのです。
彼のその双眸に宿る、爛々としたモノを・・・ただの酔いどれの、濁ったようなそれではなく、
むしろ・・・自分と―――自分の主にも似た、熱く燃え盛るようなモノを、持ち合わせた、その者の眸を――――〕