≪六節;軍師の推挙≫
セ:州公様―――!
ア:ああ、これはセキ殿、どうかなされたのですか。
セ:いえ・・・州軍の人事を代える―――と、聞き及びまして・・・
ア:ああ―――そのことでしたら、滞りなく終わらせましたが・・・それが何か?
セ:はァ? あの・・・猪武者を??
ア:ええ、実に聞き分けのよい御仁で、大変に助かりました。
セ:“聞き分け”が・・・それはまた、何かの間違いでわ―――?
ア:それより―――セキ殿、ちょっと見ていただきたいものがあるのですが・・・。
セ:はぁ―――なんでしょう。
ア:いや・・・それが、人前で見せられるものではありませんので・・・私の部屋で―――と、いうことで。
〔未だにこの城に逗留しているセキに、どことなく今回の人事異動を諫められた・・・と、そういうカンはしたのですが、
ここでアヱカは、あるモノを見せることで、セキの意見を聞いてみるようです。〕
セ:ところで―――、一体ナニをお見せしていただけるので?
ア:(コト・・・)これが―――何かお分かりですか・・・?
セ:(うん?)・・・・これは―――、鏃ですな・・・それも黒い。
ア:そう―――それが、今回私が視察していた、州軍の練兵場の、旗の一つに突き立っていました・・・
セ:なんと――― では、狙撃?? 一体、何者が誰を・・・・
ア:さぁ・・・誰を狙ったのか―――は、定かではありませんが、
狙撃者が所属していた軍は、どことなく察知できます・・・。
セ:なんと―――それはどこ・・・なのです?
―――しかし、それこそは・・・―――
=黒色一色=
セ:『黒色』・・・と、いうことはカ・ルマが?!!
ア:それ以外の、どこがございましょうや―――
セ:(ぐうぅ・・・)そ―――それでは、アヱカ様、あなたが狙われたのでは―――?
ア:それは―――分かりません。
第一に、あそこには州軍の司馬もいたことだ・・・それに―――私が今回あそこを視察する事を知っていたのは、ここでもごく限られた人物だけ・・・
しかも、カ・ルマが乱ッ波を放って、それを知っていたとしても、その対応が異様に早いとは思いませんか―――
セ:ふむう―――・・・
ア:ですから、そういうことを私なりに邪推してみるのには、
かつての―――ここの州牧の失脚に伴い、早期に“腕力”たる軍事力を削いでおこう―――
と、してものではないでしょうか・・・。
セ:なんと―――州牧が? もうすでにカ・ルマに走っていると見ているので?
ア:まあ―――これは飽くまでも私の邪推でしかない・・・。
本来なら、他人を疑ってかかるようなことはしたくないのだが・・・彼の者がいないのでは説明のつけようがない―――
彼が・・・出頭してくれたなら、弁明の一つでも聞けるのに・・・それも儘ならない、実に残念なことだよ。
〔この時セキは、二つの相反する矛盾の狭間で苦しむアヱカを見・・・今更ながらに思うことがあるのでした。
『やはりこういった大人物を、こんな一地方に埋もれさせておくのは、国家のためにならない』と・・・・
でも、その反面では、『もう先の見え隠れしているこの国で重きをなするよりも、今は雌伏して待ったほうがよいのでは―――』
とも、思っていたのです。
そして、彼の思考は、ある一つの道に行こうとしていたのです・・・・〕
セ:ですが―――、先方が仕掛けてきたというのは、明らかにこちらに攻め込もうという意思表示なのでは・・・?
ア:そう――――だなぁ・・・
セ:だとしたならば、急いで防衛線の構築をしなければ・・・・
ア:だが―――それをするに於いても、すでに兵の二割を削減してしまった・・・早まった事をしたな―――
どうやら私は、昔から物事を深く広く〜・・・でなく、浅く狭く〜・・・にしか、目先の事しか考えられない、
そのお蔭で、多くの者に迷惑をかけたばかりではなく、大いなる誤解をも与えてきた・・・施政者失格だよ、私は―――
セ:アヱカ様―――・・・・
ア:こんな時に・・・・私を扶けてくれる者が―――軍師がいたなら・・・
セ:なるほど―――“軍師”・・・ですか。
ア:・・・・ああ、そうだ! セキ殿、あなたが軍師になっていただければ、幸いな事なのですが―――・・・どうだうか?
セ:――――・・・残念ながら、そのことはお受けできません。
ア:ええっ―――、ナゼ?
セ:そもそも『軍師』とは、ご存知のように内政を見る反面、戦を起こすときにも陣頭に立つ―――つまり、矢面に立たなければいけません。
確かに・・・私は内政の処理には自信がありますが、戦場(いくさば)に立て―――となりますと、それは少々―――・・・・
ア:だ・・・ダメですか――――それは困ったな・・・
セ:・・・・ですが、アヱカ様がカ・ルマ―――果ては他の列強と、事を構えようと思っているのであれば、心当たりが二・三ないわけではありません・・・。
ア:え―――・・・それは本当ですか?!!
セ:はい―――・・・ですが、私が心当たりのある人物とは、実はフ国の者ではないのです。
ア:ハァ? それでは・・・一体どこの何者の事なので―――
〔しかし―――その人物こそは、紛れもなくラー・ジャの産であり・・・
その一族は、ラー・ジャが興されて以来、王族をよく扶け、必ず興国の要となる戦では、その陣頭に立って、自軍を手足のように動かせていたという・・・
―――シノーラ一族―――
の事・・・・。〕