<第二十二章;攻防戦>

 

≪一節;急使ガク州を駈ける≫

 

 

〔幼き児が、その母親に対し、『親ではない』との発言に、ついぞ怒りを覚えてしまったアヱカは、

瞬発的にその幼な児の頬を張り、その態度を諫めたのでした。

 

そして、その母親のほうでも、『その者は、簒奪を目論んでいるに違いない』との、半ば誤った情報を真に受け、

アヱカを散々に嘲罵し続けていたのに・・・今のそれを目の当たりにするに及び、

逆に、自分よりも我が子に対するその強き想いに、疑問が頭をもたげてきたのも、また事実だったのです。〕

 

 

ア:申し訳ございません―――差し出がましい事をいたしまして・・・

リ:・・・そなた―――

 

ア:はい。

リ:我が子に対し、その頬を張ったどころか・・・抱きつきおったな―――ナゼじゃ。

 

ア:・・・つい、手が出てしまいましたのは、わたくしの不敬とするところでございます・・・。

  ですが、幼な児に対し、その肌と肌を合わせるのは、悪いこととは思っておりません。

 

  それどころか、表現の拙い幼な児に対しては、そっと抱いてあげるのが一番―――・・・と、そう母に教わったものですから。

  べ―――別に、疚(やま)しい気持ちで・・・

 

リ:そのようなこと、判っておる―――! じゃが、このような不埒な事・・・二度は許さぬぞ。

ア:は、はい―――

 

リ:―――さ・・・ホウや、参りましょう。

ホ:う・・・うん―――(お姉・・・ちゃん)

 

 

〔やはり―――と、申しましょうか、その女(ひと)は大変に怒っていたようでした。

それは、その態度や、言葉の端々にも含まれていたわけであり―――・・・

 

ですが、一つ違うといえば、それは怒りの対象―――つまり矛先が、

可愛い我が子の頬を打ち、剰え燦然たる王家を簒奪しようと目論んでいるはずの州公アヱカから・・・

自分を利用しようとした、実の兄とその一党に―――差し向けられたのです。

 

そして、それはヒョウの病室でも・・・〕

 

 

リ:ヒョウ君(ぎみ)、お加減はいかがかえ―――

ヒ:あっ―――・・・お継母(かあ)さん・・・

 

リ:先程―――ここの出口で、州公とすれ違いましたが・・・あの者は、あなた様を誑(たら)し込んでいたのではないのかえ―――

ヒ:(誑し・・・)お継母さん!いい加減にして下さい!

  あの人を・・・アヱカさん―――州公様を悪くいうのは、もう・・・止めにして下さい!!

 

リ:ヒョウ君・・・いけませぬ―――どうやらお熱がおありのようじゃ、

  ささ―――ごゆるりとお休みになられよ・・・。

 

 

〔これで・・・はっきりした事が判った、あの時――アヱカと初対面にあった時に、抱いていた違和感はこれだったのだ・・・

そう、リジュは思いもし、また悔やんでもいたのです。

 

実の兄や、その仲間内の一派から吹き込まれた“簒奪”の一言に踊らされ・・・真実も見えないままに、嘲罵し続けていた事に・・・。

そして、何一つ悪い噂の立たないアヱカにしても―――

それゆえに、この時点からだったのです、大きく傾いてしまったのは――――

 

 

閑話休題――――

その一方、こちらガク州では、こんなことが―――〕

 

 

伝:伝令―――伝令にございまする――――!!

 

ヒ:ああん―――なんだ・・・

伝:はっ―――昨日未明より、何者かがグランデル砦の向こう側に、陣営を結んでいるようにございます―――!

 

ヒ:なぁにぃ?!

キ:―――それで、その陣営を結んでいるところの軍旗は?!

 

 

〔州軍の練兵場にて、兵の鍛錬をしていたヒとキリエの耳に入ってきた、ある情報―――

それはどこかの国のどこかの軍隊が、フ国の州の一つであるガク州を、脅かさんとするために、

陣営を築き上げている・・・と、いうことだったのです。

 

そのことを聞き、これでようやく己れの武が証明できる―――と、逸った者と・・・

反面、その相手を識るために、あることを聞いた州司馬がいたのです。

 

その“あること”とは―――、その相手が所属している軍の旗の色・・・

でも、それは聞くまでもなく、『黒色一色』だったのです。〕

 

 

キ:(やはり――――)

ヒ:はっ―――! 成る程・・・早速に、目の上のコブを取り除きにきやがったか。

  なぁら、上等じゃあねえか! ここに、このオレ様がいるのを知らねぇ・・・ってンなら、いやっつうほど知らしめてくれるぜ!!

  なぁ、そうだろ?司馬・・・・

 

 

〔今を見ての通り、すぐにでも臨戦態勢のヒ―――けれども、州司馬たるキリエのほうを向いてみれば、

彼女は腕を組み、少し難しい顔をしていたのです。〕

 

 

ヒ:なぁ―――オイ・・・どうしたってんだ?あんた・・・

 

キ:ところで―――・・・その軍の内容、もう少し詳しく知りたいわ、

  だから、斥候を送って調べて頂戴。

 

兵:ははっ―――

 

 

ヒ:おッ・・・おい、そんなまどろっこしい事なんてせずに、今すぐ迎え撃って、やつらの出鼻挫いてやろうぜ?!!

キ:それはなりません―――それに、今の州軍を統率しているのは、虎鬚(こぜん)どのではなく私なのです。

  私の指示なしには、迎撃すらありえません、そこのところ・・・よく肝に銘じておくように・・・では―――

 

ヒ:(クッ!)くっそう―――!!

 

 

〔キリエには、この時すでに、その軍の所属が、カ・ルマであることは判っていたのです。

 

それでも、こんな回りくどい事をしたのには、それなりのわけがあったからなのです。

それは―――自分の主に、あることの許可を得るため、交信をする・・・その時間稼ぎをするために。

 

その証拠に、咽喉元に刃をあてがわれている状況下にもかかわらず、

迎撃命令ではなく、待機命令を下され、憤慨に地団駄を踏むヒと―――

静かに時機を待つためか、いずこかへと消えたキリエ―――

 

でも、キリエはいずこかへと消えたわけではなく、たった一人になれる場所まで来て、こんな事を始めたのです。

ではなにを・・・それは、その場に跪き、静かに瞑想をするキリエが・・・・〕

 

 

 

―――女禍様―――

 

―――女禍様―――

 

―――女禍様―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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