<第二十五章;一石を投じた後の波紋 =現在=>
≪一節;受け入れられない案≫
〔それは―――耳を疑いたくなるような事でした。
それというのも、確かに、目の前にいる者は、自分の主、ヴェルノア公国・公主――婀陀那であることに違いはないのですが・・・
その実は、婀陀那本人が二年前に、自国を出奔する際に、自分の“影”として雇い入れたところの者だったのです。
そして今度は、遠隔の地『夜ノ街』にて、展開しつつある戦闘を援助させるために、
紫苑が母国に一旦戻り、そこから一軍を率いて北上をしようとしていたのです。
ですが―――今、目の前にいる公主・婀陀那の“影”は、明らかに異なる意思表示をしてきたのです。〕
紫:な―――なんですって?!あ、あなた・・・もう一度言ってみなさい!!
公:ですから・・・そのようなことはできません―――と、申しているではありませんか。
紫:(ん・な―――)く・・・あなた―――まさかこの機に乗じて、その姿とこの国・・・手に入れようとしているのでは・・・。
公:(ムッ―――)ナニをおかしなことを・・・・。
まさか、あなたはこの私に、“自分自身をも殺せ”とおっしゃるのか―――?
紫:(ナニ?)どういう事―――それは・・・
公:(ふぅ・・・)私は―――あなた方からの頼みを受けて、公主様を模倣している者です。
何も、自分自身を棄ててまで、あなた方に買われた覚えはありません。
紫:―――――・・・。
公:それに―――かの盗賊たちの町を救援しようにも、その対象がなければ・・・・
紫:えっ―――??どういうコト・・・まさか、ギルドが陥落したとでも??
公:あなた―――紫苑さんは、この城に到着されてから、これまで三日余り床に臥されていたのですよ?
しかも・・・かのギルドの陥落の報は、紫苑さんが到着されてすぐに、私の耳まで届いているのです。
紫:う―――ウソよ・・・ナニをそんな世迷いごとを・・・
公主―――婀陀那様は、かつてはこの国で、兵学の講義を行えるくらいに精通しているというのに・・・
そんな――――そん・・・な―――っ!!
公:・・・・疑いたくなるのは判りますが・・・これは、紛れもない事実なのです。
紫:うっ―――うるさいッ! そんな虚言・・・聞きたくもない!!
それに――――・・・ならば、どうしてあなたは、未だあの方の姿を・・・・?!
公:(ふふ―――)さすがに、目の付け所が違いますね・・・。
そう―――確かに、かの地は敵の手により陥落はしたけれども、その首魁の首までは上がっておらぬようなのです。
〔どうして、公主様お抱えの紫苑の申し出を、“影”であるルリは突っぱねたのか――――
それは、かの『夜ノ街』襲撃・陥落の報を、この国の誰よりもいち早く入手していたからなのでした。
それゆえに、ここ二年余り、自分が公主・婀陀那の穴を埋めていることや、
本物の婀陀那が、ヴェルノアより遠隔の地にいることを悟られないため、
敢えてその要求を突っぱねたのです。
それを紫苑は“簒奪”と勘違いをおこし、いよいよ持ってルリが、
婀陀那の容姿とこの国を乗っ取るために動き出した・・・と、したのですが、
そこはルリ本人に、『どうして自分を殺してまで・・・』と、窘められてしまったのです。〕