≪五節;憂鬱な紫苑≫
〔そのことを知ってか知らずか―――こちらヴェルノアでは・・・
その当初の目的を見失い、特にこれといってなにをするでもなく、途方にくれていた紫苑が・・・〕
紫:(嗚呼・・・私はなにをしているのだろう。
こんな―――こんな事なら、あの時婀陀那様に言われた事に逆らって、お側を離れずにいるのだったのに―――・・・)
―――それに、こんなときに何をしていいのやらも・・・私には分からない。
〔彼女が抱いていた当初の目的―――それは、かの地にて苦戦しつつある、自分の主・・・
それを、故国にて、自分の主の代わりを務めてくれているルリ某に・・・『公主様』の姿をしているルリ某に、
他の者からの、理由の如何を問わさずに、援軍を向かわせるようにし、虎口を脱出させる―――
その手筈だったのに・・・
それが、どこから計算が狂ってしまったのでしょうか、
自分の主は、自分の知らない―――気絶していて身動きが取れない・・・
その間に、その生死さえも判らなくなっている存在になってしまっていたのです。
そのことに悔やんでしまい、自邸から城に出向くのにも億劫になってしまった紫苑―――
すると、そこへ――――・・・〕
―――コン・コン―――
紫:(えっ?誰―――)はぁい―――
はい、お待たせをし――――ク、紅麗亜(クレア)!!
紅:(紅麗亜=サヴィトリ=シルマール;26歳;女;騎都尉であり、紫苑とは幼馴染み)
―――どうやら健在のようね、安心したわ・・・。
それより、公主様よりのお達しなんだけど―――
紫:(なに?!)婀陀那―――様からの?
紅:そうよ・・・
『火急の用、真に大儀であるのには、判らなくもないが、ここ数日出仕しないのは、
いかなる理由が存するのか、申し開きをなするよう―――』
ですって。
紫:(ル、ルリめぇぇ〜ッ・・・)し、しかし―――・・・私はまだ疲れも取れていなくて・・・
紅:・・・・あら、そう? 私には、どう見ても暇をもてあましすぎている・・・としか見えないんだけど。
紫:――――・・・。
紅:それに・・・士官学校で、私と同期のあなたが、公主様が視察に赴かれた時に、
あの方の目に留まり、それから公主様のお側に仕えることになって、羨ましくもあり、妬ましくも思っていたけれど・・・
あの時―――公主様と同じくして行方不明となって、公主様しか戻られなかった時・・・
私は、一番にあなたの事を心配したのよ??
紫:――――そう。(そうだったの・・・。)
紅:それを―――今更なに?
それは、今まであの方の命で動いてきて、疲れきっているのは判るけれど・・・
タダそれだけの理由で出仕しないというの?!
黙っていないで何とか言いなさいよ―――!!
紫:――――・・・。
〔帰国してからは、その理由の如何を糺(ただ)さずに、城への出仕を渋っていた紫苑に、
出仕してこさせるように言って聞かされた者が、この紫苑の自邸に来ていたのです。
その名は、紅麗亜=サヴィトリ=シルマール・・・。
彼女は・・・紫苑と同じく、士官学校の同期生であり、取り分けてその仲も良かったようです。
そのことを公主様に認められて、今回の説得に駆り出されたのです。
そして―――紅麗亜の口からは、ここ数年来自分の胸のうちだけに秘められていたものが、熱くも吐いて出されてのです。
そのことを、決して知らないわけではなかった紫苑は・・・〕
紫:―――判ったわ、私・・・どうやら自惚れしていたみたい・・・。
どんな逆境も、自分一人の力で跳ね返してきた・・・そう思っていたけれど、本当は公主・婀陀那様の影響があってこそ―――だものね。
それを・・・(フゥ―――・・・)では、これより、かかる怠慢を払拭すべく、出仕いたしますので、
騎都尉どのに於かれては、公主さまに須らく伝え下さいますよう―――
紅:紫苑・・・いえ、諫議大夫様、では―――・・・
紫:はい―――・・・有り難う、紅麗亜。