<第二十六章;メイティング・マテリアル>
≪一節;“北”よりの特使≫
カッ―――― カッ―――― カッ――――・・・
〔公主の自室にて、棋盤と駒が打ち鳴らされる音―――・・・その時ちょうど対局していたのは、自分のよき腹心の紫苑でした。
しかし、時に紫苑は、『自分とその主が対局するのには、ワケありのはず・・・・』と、思えなくもなかったのですが、
どうやら今の時点では、それらしい会話は何一つなく・・・ただ、純粋に将棋(チェス)を楽しんでいるか―――のような公主様が・・・〕
公:そして――――これでチェック(王手)・・・で、どうじゃな。
紫:は・・・・あ―――そのようですね。
(しかし・・・この人ったらどういうつもりで?? 確かに・・・単純に強いというのは認めるけれども・・・)
公:――――なんじゃ、気のない返事じゃな。
どれ・・・もう一局指そうではないか。
紫:ああ――――いえ・・・もう遠慮しておきます・・・。
(それに―――第一、将棋を指そうといったのも、“北”の事を話すために、この人から言ってきたことじゃ・・・・)
公:(ふぅ・・・)そうか、なら仕方がないな・・・・詰め手でも研究しておこうか―――
紫:(な―――・・・っ??!)
≪ち・・・ちょっと!あなたどういうつもりなの? これじゃあただ単に―――≫
公:≪・・・・無駄口は慎んでください、余り顕著すぎると、気取られますよ―――≫
紫:(こっ・・・こいつぅ〜〜〜――――)
≪ふっ・・・ふふふ、あなた―――私に命令する気?!
確かに―――今のあなたは、公主である婀陀那様の姿をしているだけで、元々そんな権限は・・・・≫
公:(ス―――・・・)≪間もなく・・・“北”よりの特使が到来する事でしょう・・・
そんなときに、滅多な口は利かれなさらぬよう―――・・・・≫
紫:≪ひ・・・・他人(ひと)の足元を見るというの?!
それに―――なんですって?!“北”からの『特使』・・・って、そんなバカな?!!≫
〔しかし―――紛れもなく、そこには『謀議』は存在していたのです・・・。
ここ・・・公主の自室であっても、常時数人からの侍女が仕えており、また・・・このときでも、三・四人が在中していたのですが・・・
ですが、そんな仲でも、二人は対局しあっていたのです。
すると―――暫らくして、この部屋に入室をしてきた官が・・・〕
―――コ・コン☆―――
官:失礼いたします―――
公:おお――――緒麗美耶(オリビア)か・・・(カッ―――・・・)いかがした。
緒:(緒麗美耶=スーリア=ブレジネフ;27歳;女;この国の大鴻臚)
はい、実は・・・北はハイネス・ブルグより、特使の方がお目見えになっているのですが―――
公:(来たか―――・・・)ほぅ・・・ハイネス・ブルグよりからか・・・。(カッ―――・・・)
して―――此度のアポイントメントは、取ってあるのじゃろうな・・・・。(カッ―――・・・)
緒:いえ・・・それが―――それゆえの『特使』だ、そうで・・・。
公:ふぅむ―――・・・とは言うても、今、妾は多忙・・・・(カッッ―――・・・)ではあるのじゃが―――
それでよければ、お会いしてもかまわぬ・・・・と、そう特使殿に伝えおかれたい。
緒:は―――では、そのように・・・。(ペコリ)
〔その官は、主として外交方面を担当するという、『大鴻臚』であるという・・・。
そして、その緒麗美耶(オリビア)なる者から伝えられてきたのは、この『将棋の密議』で話しておかなければならなかった、
“北”からの訪問者の事だったのです。〕