<第三十四章;薄暗き檻の中で―――・・・>
≪一節;意外な者からの―――誘(いざな)い≫
〔自分の養女であるヒヅメを楯にとられ、ギャラハットはやむなくカ・ルマの軍門に下ってしまいました。
しかし―――そのことを知らない、未だビャクテイに篭(こも)るミルディンとギルダスは、
今は囚われの身となっている、虎将の帰りを待ちわびていたのです。
そして・・・この砦を陥落させるべく、カインがとった行動とは――――〕
ギ:・・・ワシに、何か用がおあり―――とか。
カ:ああ―――・・・来ましたか。
まあ、その辺にでもおかけなさい。
ギ:・・・敗軍の将に、これほどの情けをかけるとは・・・一体どういうおつもりか。
ワシは、貴公に敗れはしたが、心の底までカ・ルマに屈した覚えは・・・
カ:フッ―――フフフ・・・私も、あの程度でそなたをモノにしたとは思ってはおらんよ・・・。
それに、私自身そんなに己惚れはしていない。
ギ:――――・・・。(ほぅ・・・)
カ:だが―――今は、独りでも私の“手駒”が欲しい・・・。
そのために、多少卑怯なりとはいえ、そなたの娘を捕らえさせ、それを楯にとった―――・・・
ギ:・・・あの小娘の事か―――だが、アレがワシの娘などと・・・
カ:―――思うておるよ。
少なくとも、私は・・・な。
なぜかというとな―――此度の、決死の包囲網突破・・・あれには、自分のもっとも信頼としている者を傍においておきたいものだ。
それに・・・あの娘さんの泪を見たときのそなたの、あの表情―――
たとえ、肌の色が違うとか、人種が違うとか―――そんなことで述べるべきものではないよ。
ギ:(フ・・・)そこまで存じておったか―――・・・
いかにも、アレはワシの養女ではあるが、ワシ自身実の娘のように思っている。
―――・・・して、そのワシ如きを、ここまで生き永らえさせているのには、一体いかなる由縁なのかな。
カ:・・・そなた―――私とともに、“獅子身中の蟲”となってみんかね?
ギ:(な・・・?)い・・・今、なんと―――?
カ:おっ―――いいねぇ〜その表情。
まさに、意表を衝かれた―――と、云うところのものだよ。
〔ギャラハットは―――思いもかけもしないことを、その若者・・・
自分を負かした、カ・ルマに組しているはずの、この智者の弁に耳を疑ったのです。
なぜならば―――今、聞き違いでないとすれば、『ともに 獅子身中の蟲 とならないか・・・』と、誘われたから・・・。
そう―――“獅子身中の蟲”とは、このお話の中にも度々出てくる、一種の言の葉・・・
それは、善政を行っている者の陰に隠れて、私腹を肥やしたり―――あわよくば簒奪を目論もうとしている、いわば『逆臣』たちのこと・・・。
でも、それを―――“悪政”を行っている勢力の下で行ってみては―――??
やはり、そりも『逆臣』の類なのですが・・・すると、今回それを誘われたギャラハットは―――〕
ギ:(フ―――フフフ・・・)成る程・・・ようやく読めてきましたぞ・・・
この、『黒き噂』しか立たないかの国に、どうして貴公のような清々しい者が居るのか―――その意味を・・・
カ:(フッ―――・・・)はぁ――――っはっはっは!!
この私が、“清々しい”ですか・・・いや、これは一本捕られましたなぁ――― ギャラハット=シャー=ザンフィル 殿。
いかにも・・・私は、自分のこの 智 を役に立てるべく、カ・ルマに仕官した・・・。
何しろ、祖国では鼻つまみ者だったものでしてなぁ・・・。
ギ:しかし―――・・・今にして思えば、それがこの世のためになっているの・・・では?
カ:(フフフ・・・)そう―――云われてみれば、時代が好かったのかも・・・ねぇ。
―――あっはっはは―――
〔ナゼ―――難敵を捕縛したのに、その時捕らえていた彼の副将とともに、馘を斬って落としてしまわなかったのか・・・
ナゼ―――敗軍の将であるはずの自分が、今まで敵対していたところの帷幕で、こうも手厚い待遇を為されていたのか・・・
ナゼ―――このとき、彼のほうから『反逆の徒にならないか・・・』の、誘いの言葉を投げかけられたのか・・・
それは―――カインが、希望(のぞ)んでこの場所にいたことだから・・・。
もう少し、突っ込んだことで言ってしまえば、
カ・ルマに組みする―――と、そう見せかけておいて、そのウラで、真逆の事をする・・・。
でも、そのことを成そうとするには、カイン一人では力量不足だった・・・
だから、不本意ながらも、今回のように、他の処から強引に人材を引き抜く-――と、いった形で、
自分の“手駒”を増やすしかなかったのです。
ですが、そのことに、大いに感じるものがあったギャラハットは、
後はもう何も云わず―――自分を負かしたこの若者と、ただ破顔一笑あるのみだったのです。〕