<第四十五章;“二人”の公主>
≪一節;戻りたる者≫
〔朝ぼらけの中―――・・・その存在はいました。
場所は、ヴェルノア公国、王都アルル・ハイム。
六尺三寸(約186cm)のその長身を、麻の布ですっぽりと覆い隠し・・・
それは勿論、その存在が誰であるのかすら判らないよう、頭から―――
それゆえに、群衆の中に入れば、周囲と同化して目立たなくなっていいのですが、
ただ一つ、欠点なのは、長身ゆえに、折角目立たない格好をしているのに、目立つ行動をすると目に付いてしまう―――と、いうこと・・・。
では、“目立つ行動”とは――――?
そう・・・その者は、町の雑踏から、何一つ迷うことなく、≪マジェスティック≫と呼ばれるアルルハイム城へと、足を向かわせたのです。
一方――――その、アルルハイム城中では・・・〕
紫:お早う―――それで、何の用なの・・・『私だけと話がしたい』―――って。
公:・・・どうやら、お帰りになられたようです―――(ボソ)
紫:(・・・え? “お帰り”―――って・・・)まさか―――?!
公:――――・・・。(コク)
〔現在―――“公主”である者の姿を模しているのは、タケルの情報機関『禽』の=カケス=こと、ルリ・・・。
その彼女より、何かの知らせを受け、 はっ! としてしまったのは、同国の諫議大夫の紫苑・・・。
では、ルリより何の知らせを受けて、紫苑は驚いてしまったのでしょう―――・・・
それは・・・『お帰りになられた』―――この一言にて・・・
そして、この事を聞き、逸(はや)る気持ちを抑えながらも、支度をする紫苑、
―――するとそこへ・・・〕
公:待たせたな―――紫苑。
紫:公主―――様・・・
公:では、参るとしようか・・・・
紫:(えっ―――)ま、参る〜〜・・・と、いって、どこへ―――
公:(フフ・・・)これは異なことを―――
広く市井へ出て、庶民の声を聞くというのは、須らくそこを統治する者の義務であろう。
紫:で―――ですが・・・公主様は後にも前(さき)にもそういうことを・・・
公:(フ・・・)―――聴くに・・・中華の国の、どこぞの州は、すでにそのことを実践しておると云う。
まぁ・・・確かに、妾も以前は“面倒な事よ”―――と、思うておったが、
さすがにそうも言っていられなくなった・・・と、こういうわけじゃ。
〔なんと、公主役であるルリが、余り派手ではない衣装に身を包み、
これからアルルハイムの町を、虱潰しに探索をしようとしている紫苑の前に現れたのです。
そのことに驚きを禁じえなかった紫苑は、『この人ったらナニを考えているのやら』・・・と、思い、
自分と一緒に市井に降り立つのを、思い直してもらうよう説得に当たったのですが―――
どうやら・・・この公主役のほうにも、それなりの理由があるようでして・・・〕