<第四十九章;ヒョードルの逆落とし>

 

≪一節;遠方を臨みたる眼≫

 

 

〔ヴェルノア公国の公主が、軍事行動を起こして一ヵ月半あまり経った頃―――・・・

すでにフ国の近隣にある小国家は、その殆んどが既にヴェルノアの版図に加えられていました。

 

そして今―――ここを陥とセば、中華の国は目と鼻の先・・・と、云われるヤー・ヌスの砦を見据える二つの目が・・・〕

 

 

公:フ―――・・・この様子では、あと一日とかからずとも、わが軍門に下る事じゃろう。

婀:――――に、しても・・・哀れなものよ、武人(モノノフ)というものは・・・な。

  死することでしか、自己の存在感を持ち合わせぬ・・・とは。

 

公:これ―――よすがよい。

  妾にあるまじき言葉ぞ。

 

婀:(フフ・フ――)確かに―――・・・

 

 

〔その二つの眼―――とは、紛れもなくこの軍を総指揮する総大将 公主・婀陀那 だったのですが、

二人とも相変わらず遠目で見ている分にはどちらとも判らない存在・・・

ゆえに、それには家臣団も戸惑うことしきり―――だったのです。

 

 

それから間もなくし、ヴェルノアの陣中に、おそらくヤー・ヌスよりからの使者が到着し・・・〕

 

 

紫:公主様―――ただいま相手側より和睦の口上を携えた使者が参った模様です。

公:然様か―――では、早急に・・・

 

婀:ならぬ―――! 殺して送り返せ。

紫:(―――っ!!)公主様―――しかし、相手は和睦の・・・

 

婀:くどい―――!!

  一度(ひとたび)、妾と剣戟を交えるというのなら、それは既に死を覚悟しておること・・・

  それを今更になって“和睦”をなそうとは笑止千万!!

  戦う意思なぞ初めからないのであれば、それは開戦当初になするべき事であろうが!!

 

紫:ちょっ―――

  ≪ちょっと―――ルリ! あなた云い過ぎよ?!!≫(ヒソ)

 

公:≪あの〜〜―――≫(ちょんちょん)

紫:≪えっ―――?≫

 

公:≪こっち・・・・≫(くいっ――くいっ――)

紫:≪・・・・・でえ゛え゛え゛〜〜〜っ?!!

  ―――と、いうことはぁ〜〜〜・・・≫(チラ〜)

 

婀:―――何か・・・云いたい事でもあるのか、紫苑・・・(じと目)

紫:(蒼白)(ほ―――本物・・・)

  い゛―――いえっ、ま・・・真、公主さまのおっしゃられる通りでッ・・・(アセアセ)

 

婀:―――然様か、ならば・・・

公:――――まあ、待たれよ・・・

紫:(ルリ―――・・・)

 

婀:ほう―――待て・・・とな。

  即時果断の妾が“待て”とはいかなる事かな。

 

公:その使者―――虜獲してこの陣に監禁しておき、然る後その“死”を流布させる―――というのはどうかな。

婀:ふむう―――・・・

 

公:それに―――此度の使者を、今殺すのは容易(たやす)いことじゃが、

  おそらく彼の者は、この陣に来(きた)るに際し、自己の命はないモノと思うておる事じゃろう。

 

  第一に―――コトの重要性は、彼の者が“生きていること”“死んでいること”―――の、それではない。

  この陣に来てしまったことで、 死んでしまった・・・“かも”しれない―――

  そのことだけが重要なのじゃ。

 

 

〔やはり―――と、申しましょうか、大方の見立て通り、その使者の命はなかったのです。

 

けれど、ここでもう一人の公主様が、自らの知る手の内を―――・・・

それは・・・その使者をこの陣営内部にて監禁をしておき、

彼の『死』を流布させることによって、相手の戦意を殺(そ)いでしまおう・・・と、云うことだったのです。

 

 

それから程なくして―――ヤー・ヌスの砦は陥落し、堂々と砦に入る二人の公主様・・・〕

 

 

婀:(フ・・・)見よ―――もう中華の国は、妾の手の届く処にある・・・

 

公:されど、兵もほとほと疲れきっておる。

  二・三日は休養させる必要性があろうてな。

 

婀:・・・うむ、そうじゃな。

  紫苑、皆に伝えよ、『一時(いっとき)、鎧兜の紐を緩めよ』・・・とな。

 

紫:――――畏(かしこ)まりました。

 

 

〔さすがに―――軍事に長けた大国ではあっても、ここ数日間に亘る行軍は、兵が疲弊したものと見え、

一時的な休息をとったのです。〕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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