≪四節;“鹿”も―――“馬”も―――≫
〔こうして、この場にて緊急の作戦会議が執り行われる事となったのです。
ですが、この場を取り仕切ったのは、やはり―――・・・〕
ア:それでは―――これより作戦会議を始めるとする。
タケル・・・早速だが、お前の案を披露してみなさい。
タ:はい―――。
それではまづ、この本陣をより守備に適した位置に移すため、
ここより南西にある『ヒョードルの坂』を背にしたいと思います。
キ:なんと―――・・・『ヒョードル』の・・・?
(ふぅむ・・・)確かにあの険しい坂を背にすれば、背後より襲われる心配はないが・・・
ア:レイ州公殿、その坂はそんなにまで険しいのですか―――?
キ:うん? ああ―――いや、しかし・・・あれは坂というよりは寧ろ、崖に近いものではあるがなぁ・・・
タ:それでは一つお尋ねいたすが、その坂・・・バテイシシは通りますか。
キ:バテイシシ? ああ・・・猟師の間では、時々近くの沢へ水を飲みに下りているのを見たことがある―――とか云ってはいたが・・・
タ:(フフフ・・・)そうでしたか―――イヤ、それを聞いて安心をしました。
ソ:ナゼなのです―――?
タ:今お聞きしたとおり、バテイシシなどの鹿の亜種と見られるものは野生ではあるのですが、
我等の操る軍馬の類はいかがなものだろう。
野生からはなれ、人の手によって育まれたときに、その崖を目にした途端―――足がすくむのではありますまいか?
〔この度、臨時に中郎将・軍師に就任した者の口からは、妙に説得力のある言葉が―――・・・
そのことにより、誰一人として疑う事すらなく、彼の策に従い、すぐに本陣を移しにかかったのです。
それとやはり刻を同じくして―――ヤー・ヌスの砦にては・・・〕
婀:ふむ―――どうやら動き始めたようじゃな・・・。
して―――この界隈で、猟を生業としておる者は連れてきておるか。
紫:はい―――こちらに・・・
猟:へ―――へえ・・・どうも・・・
婀:そなたに一つ訊いてみるが―――この先にある崖に近い坂を、バテイシシは通るものか?
猟:はあ―――『ヒョードル』の坂の事でございやすねぇ・・・
ええ、時々水を飲みに下りているのを見た事がございやすが・・・
婀:(ニャリ)然様―――か・・・よし、下がってよいぞ。
〔なんと、こちらでもタケルの思惑と同じように、『鹿があの坂を下りるのを見たことがあるか』についての問い質しを行っていたのです。
でも―――両者の決定的に違っていた事は、
タケルのほうでは『所詮飼育されたモノが、野生に敵う筈がない』―――と、しており、
そこを婀陀那は別の解釈―――つまり・・・〕
婀:よし―――これより出撃の準備を致す。
騎馬の特別攻撃隊を編成させよ。
紫:(えっ―――)ちょッ・・・ちょっと婀陀那様、一体ナニを―――
婀:いかが致したか、紫苑―――
紫:あ・・・いえ、今の猟師より聞き出したのは、鹿は通れるけれど人の手がついた馬は―――と、云うことなのでは・・・
婀:フッフフフ――――ハッハハハハ!!
紫苑、ナニを申しておる、鹿も四本足ならば馬とて四本足・・・であるのに、馬だけ通れぬ道理などなかろう?!
――――よいか、これより出撃する百騎には総て・・・馬にも兵にも枚(ばい)を含ませるよう申し伝えよ、
そして・・・妾についてこれる勇猛の士のみ、此度の突撃に参加するよう重ねて申し伝えるがよい!!
〔フ国の軍師タケルとは真逆の解釈―――
それこそは『鹿も四本足ならば馬も四本足』・・・鹿でさえ通れると云うのに、戦場(いくさば)を駈ける軍馬が通れないはずはない。
ただそのことにのみ言及していたわけであり、そこに公主の・・・彼女のこの一戦に賭ける意気込みが感じられようというものなのです。〕