<第五十章;外交折衝>
≪一節;撤収の開始≫
〔この度の合戦の事を、実を言うとアヱカは何も知りえてはいませんでした。
ナゼ―――ヴェルノアの公主様が、“今”という時期に軍事行動を起こしたのか・・・
ナゼ―――タケルがこの戦に関しては、率先して軍師となり、これに対抗しようとしたのか・・・
ナゼ―――戦場(いくさば)が『ヒョードル』でなければならなかったのか・・・
その理由が、今ここに顕在化したのです。
その白馬に騎乗した白銀の騎士は、七尺はあろうかという巨漢に打ちかかり・・・
その巨漢も、たった一太刀なれど、白銀の騎士の一撃を防ぎきった―――・・・
その在り様を、少し離れた位置でアヱカは見ていたのです。
―――その時、二人が交し合っていた微笑までも・・・
しかし白銀の騎士は、一撃を仕掛け終えるとともに、何処(いずこ)かへと去っていったのです。
そのあとで、タケルに駆け寄るアヱカ―――・・・〕
ア:大丈夫ですか・・・タケルさん―――
タ:ああ、アヱカ様・・・ご無事でございましたか。
ア:それより―――今の方・・・
タ:(フ・・・)中々に奇抜なものの考え方をする。
よもやこの坂を馬で駆け下りてこようなどとは・・・
それに―――今の一撃・・・
ア:(えっ――)まさか・・・傷でも負われたのですか?
タ:いえ・・・あまりにも重い一撃でしたので・・・
御覧になってください―――今でも震えが・・・(ブルブル)
ア:まあっ―――こんなに・・・・
〔その時、タケルの腕は小刻みに震えていました。
でも、それがいわゆる『武者奮い』の類のものなのか―――彼の云われのように、重い斬撃によるものだったのか・・・
それとも―――・・・
しかし、そのことを気遣ってやるアヱカではあるのですが、彼女と同じくして存在している意思は気付いていたのです、
ナゼに・・・彼ら二人が、この戦場にて相対峙しあうのか・・・その意味を―――〕
タ:それより・・・もはやこれ以上の戦は無意味です、すぐに撤収すると致しましょう。
ア:――――その前に・・・やはりそうだったのか。
タ:・・・・・・。
今まではあのお噂は不確かなものでした―――なぜならば、ワシはこの目であの方の采配振りを見ていませんので・・・
ア:だからといって―――無関係な者達まで巻き込む道理なんてない!
タ:・・・ですが、いづれにせよ、フとヴェルノアの狭間にある小国家群は、
どちらかの手によって、平定せざるを得なくてはならなかったのです。
それを、あちらの方から率先をしてやってくれたことには、感謝をしなくては・・・。
ア:そうか・・・(厄介なことにならなければ良いが―――)
〔タケルの・・・この度の戦にて求めていた事とは、かの“戦上手”との噂ばかりが立っている、
ヴェルノアの公主の、その采配ぶりなのでした。
それを今回目の当たりにし、件の噂が、噂でなくなった機―――
もうこれ以上の剣戟は無用である事とし、フ国―――いや、双方ともが撤収の準備へと取り掛かり始めたのです。〕