≪二節;引き際の手並み≫
〔それは一方のこちらでも―――
フ国軍側の『帥』の旗の下にいた、総大将らしき者に一撃を与え、意気揚々と引き上げてきた婀陀那は・・・〕
紫:公主様―――ご無事ですか?!!
婀:紫苑か・・・。
よし―――このまま本国へと戻るぞ。
紫:はぁっ?! あの―――それはどういう・・・
婀:簡単な命令が解せなんだか・・・。
最早これ以上の戦は無用―――ゆえに、この砦に充満しておる兵一人たりとも残すことはなく、
本国へと帰還せよ―――と、そう申したのじゃ。
紫:この砦を・・・とは・・・それではこれまでの戦は―――
公:ふむ、戻ってきたか・・・それでいかがなものじゃったな。
紫:(ルリ―――?!!)
婀:うん? うむ・・・よもや朝もやまで予測だにしておらなんだが、
それでも―――あの者はそれを予測し、妾と一騎で対峙しやすい位置に陣取ってくれておった・・・
それ以上は、もう何も申すべきことなどないじゃろう・・・。
公:然様―――ですか。
婀:それに・・・・あの者はな、“笑って”おった・・・。
妾を―――妾の力量を試すべく・・・
公:それで―――なのかな。
それがたまらなく嬉しゅうて、顔が緩んでおるのは・・・。
婀:(フフッ――)然様―――じゃな。
〔やはりこちらでも、早期の撤収を視野に入れており、早急その準備に取り掛かるように命が下されたのですが、
紫苑は、それでは今回の出師の意図はなんだったのかを問うたのです。
しかし・・・婀陀那はその件に関しては応えようとはせず、すると・・・
その場に姿を見せた、今回の突撃戦には不参加だった、ヤー・ヌスの砦を預かっていた、
公主の“影”より―――『対峙してみてどうだったか』の感想を問われたとき、『予想以上に申し分はなし』と、していたのです。
そして―――ヤー・ヌスの砦より、まさに風に逸るが如く・・・本国であるヴェルノアへと撤収していく軍―――
その・・・砦より少し高い位置で、ヴェルノア軍が撤収していく様を見つめている二つの目が―――〕
ア:それで―――どうなのだ・・・
タ:(フフ――)申し分―――御座いません、実に見事なる撤収振りです。
モノの数刻と経たぬうちに、あの砦に充満していた兵を、猫の仔一匹残すことなく退いています。
それに―――・・・これが一番見たかった・・・
ア:ほぉう―――・・・
タ:兵の撤収とは、その進軍に比べれば格段に難しいものなのです。
しかも、それを見さえすれば、その軍を指揮する者が有能か無能か判断する事が出来る・・・
ア:なるほど―――それは“戦上手”と呼ばれる者の・・・いわば宿命と呼ばれるようなものだね。
かの・・・“古えの皇”が統治していた時代にも、それと讃えられる者達がいたけれど・・・・
その撤収・撤退振りは賛辞に値した。
戦には、“死”というものがいつも隣り合わせだというけれど・・・少ない犠牲をしてそれを収める事が出来る、
だからこそ、その者達は『名将』と讃えられるんだね・・・。
〔その―――ヴェルノア軍の撤収を見ていた二つの目こそ、彼らより前にそれを開始していたはずのフ国軍のアヱカとタケルでした。
けれども、今見たように、彼ら二人は自分たちが率いる軍とその行動を供にはしておらず、いわば単独行動をしていたのです。
そう―――このヴェルノア軍の、砦からの撤収振りを・・・・
その見事さに、タケルは感嘆・賛辞し、あのアヱカでさえも、『古キに名将と謳われた者は、その総てがそうだった』としたうえで、
その手並みのよさを賞賛していたのです。〕