≪三節;ハ長調・真心を込めて―――≫
〔しかし、アヱカは・・・両手で顔を覆い、うつ伏したまま―――暫らくは動きませんでした。
そのことを心配した婀陀那は・・・〕
婀:・・・姫君?大丈夫でございましょうや―――?
ア:・・・・ええ、はい―――
婀:・・・いかが、致したのです。
ア:・・・申し訳御座いません―――す、少し眩暈(めまい)がしたもので・・・
大丈夫です、もう心配御座いません。
婀:(・・・ホッ)―――そうで御座いますか・・・。
それにしても突然なる眩暈(めまい)―――いや、当然ですか・・・
今のあなた様は、一つの州の公に太傅までも兼任なされていると聞く・・・
しかも、こ度の大鴻臚という大任までも、その小さな双肩に背負(しょ)い込まれなさるとは・・・
もう少し体を労(いた)わられよ―――・・・
ア:・・・はい、至極恐悦に存じます・・・。
(―――そうですよね、こんなにもお心のお優しい方が・・・そんなことは御座いませんでしょうから・・・)
婀:――――それよりも、先程何か言いかけておったように御座いますが・・・何だったのでござりましょうや。
ア:・・・えっ―――? あっ・・・ああ、もうよいのです。
ちょっとしたこちらの行き違いでして―――・・・
婀:(・・・行き違い)そう―――でありますか・・・。(まあ、些細なものであろう。)
〔ようやくにして立ち直りかけたアヱカに、婀陀那は先ほどアヱカが何か言いかけたことに話題を戻そうとしたのですが、
それはアヱカのほうでも、寸でのトコロで疑惑が払拭されたため、あわててその場でのお茶を濁したようです。
そのことに、一旦疑惑は持つものの、気の所為―――だとした婀陀那は・・・
すると、突然何かを思い出したか―――の、ように・・・〕
婀:おお―――思いかけぬ長話に折角の茶が冷めたようですな・・・
ア:ああっ―――これはどうも・・・
婀:いえいえ―――冷めた茶は、淹れ直せばよきまでのこと・・・。
それに、冷めた茶を暖かいモノに淹れ直す名手が、妾の下に一人おりましてな―――・・・(フフ・・・)
ア:・・・えっ―――?
婀:今、その者を呼びやりましょう・・・。
チリン・チリン〜♪
〔思いかけぬ懐かしさ故に―――話は進めども茶は進まぬ・・・それ故に、折角の銘茶が冷めてしまった・・・と、したのですが、
実のところ、お茶はそんなには冷めておりませんでした・・・
なのに、婀陀那はそのお茶を淹れ替えようとした―――
なぜならば・・・アヱカに会いたくてどうしようもないのが、もう一人・・・この城内にいたから―――・・・
だから、婀陀那は、その人を呼ぶために、わざわざ呼び鈴を鳴らして知らせたのです―――
すると、その人は、新しく淹れたティー・ポットを小脇に抱え・・・〕
婀:いや―――実は・・・ですな、妾のほかにもう一人あなた様にお会いしたくてたまらぬのがおりまして・・・。
ア:・・・えっ―――? わたくしに・・・です??
女:≪ウフフフ―――≫
ア:≪女禍・・・様―――?≫
―――お待たせをいたしました―――
ア:(え・・・この声―――)・・・・あ!!
婀:おお―――参ったか。
〔また・・・懐かしの声が聞こえたと想い、そちらに振り向いてみれば―――
やはり・・・少し前に見覚えのある容姿の人が・・・そこには立っていました―――。
そう、公主である婀陀那と、常に行動をともにし、『夜ノ街』の“ギルド”では、アヱカの近辺のお世話をしていたあの人・・・
紫苑=ヴァーユ=コーデリア
その人が・・・今はこの国の武官の衣装をその身に纏い、小脇にはティー・ポットを大事そうに抱えていたのです。〕
ア:あなたは・・・紫苑さん―――!!
紫:(ニコ)ご無沙汰を致しております―――アヱカ姫様・・・。
――〜とぽ・とぽ〜――
婀:いかが―――ですかな、紫苑の淹れたお点前は・・・
ア:・・・はい、とても―――美味しゅうございます・・・。
紫苑さんや婀陀那さんの、暖かいお心そのままが一杯つまったお茶ですもの・・・。
それに―――この器・・・わたくし専用に造って下されたのですね。
紫:―――はい、こちらに戻って直ちに手ごろな材木を探し、私の短刀で一刀彫にしました。
まあ・・・彫り方が荒いというのが、欠点といえば欠点でしょうか・・・・
ア:いえ、そんなことは御座いません。
ちゃんとわたくしの掌(たなごころ)に収まるよう、丁寧に作りこまれていて・・・
造り手のココロ―――“魂”がこの器に宿っているのが分かります。
紫:いえ―――・・・それほどでも・・・(ぽ♡)
婀:おやおや――――二人で盛り上がって、妾は一人蚊帳の外かの・・・
紫:ああっ―――これはどうも・・・
婀:フフ・・・いや、構わぬよ―――
それに、どうしてか茶が冷めあがったものか、得心できたであろう。
紫:はい―――是非も御座いません・・・。
〔今現在は、立場上は違えども、こうして以前に友誼のあった者達が、顔を付き合わせて談笑をしていた・・・
そこには、『お国のため』などという難苦しくも狭義のものはなく・・・
ただ―――ただ・・・親しき友同士のおしゃべりが、延々と続いていたのです・・・。〕