≪四節;変ロ短調・親しく―――≫
〔こうして、愉しい時間は瞬く間に経ち・・・〕
ア:あら、もう陽がだいぶ翳(かげ)って参りましたわ・・・。
婀:おや―――もうそんな時間で御座いますか。
不思議なものですな、まだ姫君と語らいあって数刻しか経っておらぬと思うていたに・・・
ア:ええ―――・・・
婀:それより、今宵はどこへお泊りなのです。
ア:えっ―――?お泊り・・・? でも―――・・・
婀:おや?ひょっとすると、もう御用がおすみになられたので、お帰りになられる――――などと・・・
そのような哀しい事を云われるのではありませぬよなぁ。
ア:え・・・っ、あ―――・・・
婀:そこで―――こういうのはいかがでありましょう。
妾に無理難題を吹っかけられて、もう一晩ここに逗留される―――と、いうのは。
ア:え・・・『無理難題』?? ですが、こちらが困るようなことは何一つ・・・
紫:ですが―――外交上の用件は済まれましたので、ここに泊め置かれる・・・
そのことを、『無理難題』と、公主さまはおっしゃられているのですよ・・・アヱカ姫様。
ア:ああ、いえ―――とんでも御座いません。
わたくしのほうこそヴェルノアの公主様が婀陀那さんだと知っていたなら―――・・・
婀:(ちっちっちっ――)それは禁句ですぞ・・・
ですが―――まあ、姫君も強ち嫌がっておられるようでは御座いませんので・・・よろしいですな。
ア:あ・・・はい―――(ニコ)
〔外交上の問題は、滞りなく解決した・・・だから、もう自分の用件は済んでしまったのだから、
ここにもう少しばかり居たくても、ウェオブリへと帰らなければならない―――・・・と、アヱカが云おうとしたところ。
そんな哀しくも寂しい事を云ってくれるなとばかりに、婀陀那はアヱカを引き留めたのです。
しかも、その事由を、『自分が無理矢理引き留めた』・・・と、いうことにして。
だからアヱカも、嬉しさのあまりに、零れ落ちそうになったものを、必死に奥にしまいこみながら、頷(うなづ)いたものなのでした。
こうして―――ささやかなるお茶会を済ませ、これからアヱカが泊まろうとするべき部屋へ通される・・・
その時の事―――・・・〕
ア:・・・あの、こんな事を申し上げるのは、まことに不愉快かもしれませんが・・・
婀:(ぅん?)・・・なんでございましょう―――
紫:――――・・・・。
ア:わたくしは、もうフ国の官民でございます・・・ですから、“亡国”の『姫君』とするのは、妥当ではない―――か、と・・・
婀:(・・・フフフ)ハハハ――――そういうことでございましたか・・・
ですが妾の内では、あなた様はいつまでも『姫君』―――なのですよ・・・
たといそれが“亡国”であろうがなかろうが・・・そのようなことは関係ございませぬ。
妾が、『ヴェルノアの公主』である以前に、あなた様の前では『ギルドの女頭領』―――
そして、友誼を交わした仲であることには、間違いはございませんでしょう・・・。
〔アヱカは、アルル・ハイムで再び婀陀那と紫苑に会った時機(とき)から、
彼女たち二人から『姫君』と呼ばれることに対して、違和感を覚えていました。
それに、現在ではフ国の臣下の一人となり、名実ともにフ国の“官”であり、“民”であると云った・・・
けれども、婀陀那にしてみれば、アヱカはギルドで会った時と同じ『姫君』であり、
数少ない、“信頼のおける”=友=としたかったのです。〕