≪五節;夜襲≫
〔それはそうと―――主である婀陀那の下を離れ、いち早くガク州の境まで達していた、紫苑率いるヴェルノア軍は・・・〕
紫:―――なんですって??! もうそんなところまで退いているの?
斥:はい―――しかもなす術もなく・・・と、いう様でして・・・
紫:(そう度々敗けてはいられない・・・だから本腰を入れてきているというのか―――
けれど、もうこちらも二度と“手遅れ”という状況になるというようなコトだけは、絶対に避けないと・・・)
全員に告ぐ―――あともう一刻半休止させたら行軍を開始します。
それまでにはめいいっぱい身体を休ませておくように―――
〔ヴェルノアの王都アルルハイムからフ国のガク州までは、千里とはいわず離れていました。
それを、ここまで休みながらとはいえ、明らかに兵士たちの疲労はたまっていたのです。
それでも―――以前紫苑は不手際から『夜ノ街』を陥落させてしまい、
自分の主である婀陀那に憂き目を負わせてしまった・・・
もう二度とあのような気分だけは味わいたくない―――そんな悲壮感が、彼女を駆り立てていたのかもしれません。
そして―――こちらはそんなある夜の出来事・・・
夜陰に紛れ、ガク州軍の陣営に迫りつつある数百の足音・・・
それは・・・・紛れもなく――――〕
敵:それっ―――かかれぇ〜〜!!
わあぁぁっ―――!!
兵:な―――なんだ??
兵:うわわっ―――て、敵襲だぁ〜〜っ!!
〔これまでに・・・戦戟を交わらせてこなかった事の“ツケ”が、ここに来て払わされる結果となってしまいました・・・。
“夜襲”―――それこそは、夜の闇に乗じて行軍をし、相手の寝込みを襲う策略・・・
しかも、士気が著しく低くなっている軍団に、これを仕掛けたのならばどうでしょうか・・・
それはいわずもがなか―――そこには一方的なまでの蹂躪が展開されており、まるで抗う術さえも見せず、
次々とカ・ルマ兵の軍門に下っていく州兵たち・・・
しかし―――この男だけはそうではありませんでした・・・〕
ヒ:どっ・・・せいりゃああ〜〜!!
―――へっ!このオレが他のやつらみたく、大人しくヤられると思っていたら大きな間違いだぜぇ〜!!
敵:ケッ――ナニ言ってやがるか、たった一人でなにが出来るっていうんだい!!
〔・・・かつては、こんな危機的状況的に陥ったとき―――必ずといっていいほど“あの存在”が出現して、
小気味がいいくらいに敵兵たちを薙ぎ払ってくれていた・・・・
最初は―――敵兵であるカ・ルマ兵のみを討っていたことに訝しみは感じたものの、
結果、自分たちは 敗け を拾う事はなく、ガク州への侵攻もさせはしなかったのですが―――・・・
その“存在”・・・『蒼龍の騎士』が、実は州司馬のキリエであったこと―――
なぜ・・・彼女が後方で縮こまっていたときに――――
なぜ・・・彼女が砦に立て篭もっていたときに――――・・・
しかし、“一つ目の山羊頭の巨人”にヒ自身が害されようとしていたとき・・・
キリエの影から実体化を果たした者のその姿を、ヒは間近にて見てしまった・・・
そう・・・この女性は自分たちの目を欺いていた・・・
それが例え自分たちを助けたとはいえ――――そこをヒは許せなかったのです。
いえ・・・本当は―――・・・
そんな“存在”に頼りきろうとしていた自分が、情けなかったのかも―――知れません・・・
しかし―――この混乱とした状況は、いかんともしがたく、とうとう二人の州公の軍勢は、
彼らの独断で動かざるをえなくなってきてしまっていたのです。〕
カ:むう―――まづい・・・このままでは壊滅させられてしまう。
仕方がありません、ここは一つ我らは独自の展開で動く事と致しましょう。
コ:うむ、それがよろしいようですな。
皆に告ぐ―――これより個々の判断での撃破に当たれ!!
〔機に臨みて変に応ず―――それこそは用兵の妙であり、普段は編成された軍の総大将の下知により動くべきを、
壊滅という最悪の状態から逃れるために、一時的に軍団としての連繋を断ち、これに当たろうとしていたのです。〕