<第五十八章;年の新玉=後編=>
≪一節;懐かしの芳香り≫
〔イセリアが、新しき年の抱負と参拝をかねてシャクラディアを訪れた際、図らずも出会った存在―――・・・
それこそは、願わくば接見してみたかったガク州公その人だったのです。
こうして――― 一つの出会いがあった一方で、その他の者はどうだったのでしょうか。
“月”の宿将であるリリアは、ウェオブリのことに疎かったせいもあり、
やはりここは、案内役であったカの取り成しを経て―――と、考え、彼の事を探していたのです。
そんな最中(さなか)―――・・・とあることに気付かされたリリア・・・〕
リ:(ホントにもぉ〜〜―――私たちを放っぽといて、どこへ行っちゃったんだろう・・・あの人。)
――〜ふわぁっ〜――
リ:(くん・・)(ん―――? えっ? これは・・・『シャンタージュ』の芳香り??)
〔その“とある事”とは、周囲りの者達からしてみれば、ほんの些細な事でした・・・。
けれど、リリアにしてみれば、その意味合いは違った――――
今―――自分の鼻腔をなぜた、爽やかな香水の芳香り・・・
自分の憧れの的であったあの女性が好んでつけ、また自分もその女性のマネをして取り寄せていたある銘柄・・・
=シャンタージュ=
その芳香りが―――・・・その女性の、ましてや自分の故国であるハイネス・ブルグでもないフ国で漂っている・・・?
いや―――こんなに大勢の賓客がいるのだから、誰がつけていてもおかしくはないはず・・・
だから・・・こんな偶然など、当然ありえないはず―――
おそらく、これが一般の凡庸な者達の考えだったのでしよう。
けれどもリリアはそうは思いませんでした。
だから―――この芳香りの源を辿って行ったのです・・・
すると―――・・・〕
婀:―――いかがです、愉しんでおられますかな。
官:ああ―――これは閣下・・・ええ、愉しんでおりますよ。
婀:これは博士祭酒殿、今年も国に尽くしてくだされよ。
官:ええ―――もちろんですとも・・・婀陀那様。
リ:(あ―――あれは・・・婀陀那様?? そ・・・そんなバカな―――?!
ヴェルノアの公主であるあの方が・・・ご自身の国許を離れ、この国に来ている―――なんて??)
〔この国の官に対応している貴婦人・・・身に纏うドレスも華やかであれば、対応しているその姿勢も『威風堂々』としている・・・
しかし、その女性の故国は、自分たちの故国でもあったハイネス・ブルグの南に位置していた“軍事国家”ヴェルノア。
それがよもや自分たちの亡命先である子のフ国にいるなんて・・・と、思っていたのです。
しかも―――・・・〕
リ:(ああっ―――! あれは・・・紫苑卿!!)
〔けれど、リリアがもう一人の人物を見たとき―――確信せざるを得なかったのです。
そう・・・いつもヴェルノアの公主につき従うようにして存在しうる・・・
紫苑=ヴァーユ=コーデリア
この人物を、自分の双眸で捉えたのですから・・・。〕