≪四節;ある飲食店での出来事≫

 

 

〔そして―――滞りなく着替えを済ませたお世話係、これから姫君と一緒に行くのはとある飲食店・・・の、ようなのです・・・・が―――〕

 

 

紫:あの・・・それより、これからどちらへ?

ア:えっ・・・ちょ、ちょっと待って下さいね?

  (え〜〜と・・・)お、おかしいですわね・・・方角的にはこちらで合っていると思いましたのに・・・

 

紫:(かれこれ、同じような所を小一時間も・・・とはいっても仕方がないか、

  斯く云う私も、慣れるまでは随分と迷いはしたものだから・・・な。)

 

ア:あの・・・・申し訳ございません・・・。

  どうも生来から方角が弱いもので・・・

 

紫:いえ、構いませんよ・・・。

  (それに・・・この町は、余所からの侵略を防ぐために、わざと通路を張り巡らせているのだから・・・慣れるまでが大変というもの―――)

 

ア:(え・・・と・・・確か、ここの通路を・・・) あ・・・・ありましたわ。

紫:(ほ・・・これは、思ったより早くに・・・って、ここは―――?)

  あ、あの・・・もし? あなた様は・・・もしかして、これからこのようなところで???

 

ア:はい、そうですが――― それが、どうかいたしたのですか?

紫:(どうかもなにも・・・)あの・・・真に不躾(ぶしつけ)なのですが・・・

  お外で食事をされるなら、何もこのようなところでなくとも、もう少し程度のよろしいところで―――・・・

 

ア:よいのですよ・・・ここで・・・。

紫:あっ―――ああ・・・・(し、しかし・・・よりによってならず者共が屯(たむろ)し易いここで・・・とは・・・)

 

 

〔どうやら姫君が・・・お昼を採りたいと云っていた場所とは―――

迷路のように入り組んだ路地の先にある、見た目もみすぼらしい店構えの飲食店・・・なのでした。

 

しかも、お世話係の停めるのも聞かずに、この・・・ならず者が屯している―――と、云う飲食店へ、これから入る・・・ようなのですが・・・

それにしても・・・この飲食店―――・・・〕

 

 

ア:あの・・・お邪魔いたします・・・。

主:はい、いらっしゃ―――あれ、あんたは・・・

 

ア:うふふ・・・どうも―――

主:あんれ・・・まぁ・・・どうも、あん時はァ・・・

 

ア:いえ・・・あの時は、わたくしが悪かったのです。

  よく懐も確かめもせずに、こちらに入ってしまったりして・・・さぞやご迷惑だったでしょうに。

 

主:へへ―――いゃあ〜お嬢さんみたいな人から、そう云ってもらえるたぁねぇ・・・なんだか、こっちがバツが悪くなっちまわぁ・・・

ア:あっ・・・今のは、決してそういうつもりでは・・・

紫:あの―――いかがいたしましたので?

 

ア:あぁ・・・いえ、実はこの方が・・・

紫:この者が、なにか―――?

主:う゛ぐ・・・っ!

 

ア:あぁ・・・っ!ち、違うんです!

  この方は、わたくしが最初にこの街に訪れた時に、それでいてひもじい思いをしていた時に、

  何も面識もないのに・・・分け隔てなく一杯のスープを与え下さった恩人なのです!!

 

紫:へっ?!! あ、あの・・・今、なんと?

 

ア:それに・・・その時は持ち合わせもなく・・・危うく「食い逃げ」とかの嫌疑もかけられてしまって・・・・

紫:は・・・・あ・・・いや、そうでしたか・・・これは、あい済まぬ事を―――

 

主:ふぅん〜〜・・・・

紫:真に・・・申し訳ない・・・

 

主:まぁ・・・ようがんすよ・・・。

  どうやらそこのお嬢さんと、知り合いのようだしねぇ・・・満更(まんざら)悪い奴じゃあねぇようだしな。

 

紫:はぅ・・・た、助かった・・・

ア:まぁっ、紫苑さんたら・・・

 

主:は??(紫苑―――?)

  ん―――・・・?

 

紫:あの・・・なにか?

主:ん? ん・ん゛〜〜・・・?

 

ア:あの・・・今日わたくし達は、ここへ食事を摂りにきただけですので・・・

主:ふぅン・・・・で? なんにいたしやしょう・・・

 

ア:はい・・・出来れば、あの時のスープを、また・・・・

主:そうですか・・・・ンじゃ、ちょっと待っておくんなさいよ・・・・

 

ア:はい・・・。

 

 

〔そう・・・・今、二人が入って行ったお店こそ、以前に姫君が何気なく入った事のあるお店―――

しかもそのお店で、運悪く{食い逃げ}の嫌疑をかけられた・・・と、云う、苦い思い出のあるはずのところなのに・・・・

 

姫君が今一度入ろう―――と思ったのは、あの時空腹だった自分に疑うことすらせず、

一杯の、温かいスープを与えてくれたこの店の主人に対する、せめてもの感謝の現われの方が強かったに相違なかったようです。

 

しかし―――実はここで少し思っても見なかったトラブルが・・・

それというのも・・・お世話係が、ここの店主が姫君に対し、何か不義理を働いたもの・・・と、勘違いをし、睨みつけてしまった事から始まったのです。

 

でもそのことは、姫君のとりなしで一旦は収まったか―――に、思えたのですが・・・・

姫君がふとしたことから口にしてしまったある一言が、この店主の目の色を変えさせてしまったのです。

 

では、その一言とは―――

そう・・・このお世話係の名・・・「紫苑」という名―――

 

実は、この紫苑某(なにがし)と云う名は、今の女頭領がその座に収まった当初・・・・

いや―――それ以前から暗躍していたと云われる、女頭領の腹心でありその懐刀でもあったのです。

 

しかも、女頭領がここの頭領の座を射止めた・・・と、いう経緯(いきさつ)も、

その影には、この紫苑某(なにがし)が前の頭領を篭絡させ・・・その隙をついて、当時ギルドの食客であった現ギルド女頭領が寝首を掻いた・・・

との噂まで、持ち上がっていたほどだったのです・・・。

 

そんな・・・ギルドからしてみれば大幹部が、よもやこんな市井に・・・とは、思っても見なかったことだったのです。

(それに、これはもう少し年代が経ってからなのですが・・・

当時の姫君は、何も分からずに申し立てた事に、「あの時は、よくあんな事を・・・」と、苦笑の限りだった、と伝えられています。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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