<第六十六章;悲愴なる決意>
≪一節;莫迦な話しとして・・・≫
〔アヱカが国王の遺言状に目を通すと、すぐにウェオブリの城を後にし―――
それから彼女が向かった場所こそは、フ国の次代の王たる太子・・・ヒョウが療養している、
彼の別邸なのでした。
年頃の子息と子女―――下賎な者の眼から見ると、確かにそう見えたことでしょう・・・
ですが―――哀しいかな・・・彼らにはその意思はなかったようなのです。
しかし、例えそうであったとしても、もうしばらく二人の会話は続き―――・・・〕
ヒ:アヱカさん・・・せっかくここに来てくれたんだ―――
こんな私の・・・莫迦な話に付き合っていただけますか。
ア:そんな・・・莫迦な話し―――だなんて・・・口が憚られ過ぎます。
ヒ:フフ・・・だが、そうは云っても、この私もそう先は永くない・・・。
短くて今日、明日―――永くて二・三年・・・
ア:ナニを気弱な―――もう少し気を強く持って下さいな。
“病”は気から・・・と、申すではございませんか。
ヒ:アヱカさん―――あなたらしくもない・・・ここの医師たちと、同じような事をあなたは云う・・・。
私だってそんなに愚かではありません―――自分の体の事は、自分がよく知っています。
―――そうでしょう・・・
女禍様
ア:・・・・・・・・。
・・・・・知っていたのか――― 一体いつから。
ヒ:・・・私も、余命幾許(いくばく)かもない存在ですからね・・・
不思議と霊魂のような存在が見えてくるのです。
時には――黒い外套を羽織った骸骨のような者や、どこぞかの戦場で朽ち果てた兵士たち・・・
だが―――不思議とあなたはそんな連中とは違うようだ・・・
だから私には、はっきりと見えるのでしょう、往時の―――瑞々しいお姿そのままで・・・
〔彼もまた、命の灯(ともしび)が短くある者でした。
本来ならば、現在の世にはいない存在なのかもしれない・・・なのに、“今”を生き永らえている理由の一つには、
以前にこの女性から貰った『龍の鱗』の効能が、ヒョウの身体を蝕んできている病魔に打ち克っていたから・・・
それでも、彼は自分の死期というものを、どことなく悟っており・・・
だからこそ、そこにいるアヱカの―――彼女の身体を借りて存在しえている、あるお方のことが見えているというのです。〕