≪五節;名だたる馬≫
〔こうして、また新たなる軍事の締結は、滞りなく終了―――・・・と、思われたのですが、
実はもう一つ、タケルにはやり残したことが・・・
合議が終わったことで、席より腰を上げる五人・・・
するとここで―――〕
タ:ところでチカラ、お前アレに乗ってきているな。
チ:はあ・・・そのように云われておりますから。
ノ:そういえば―――奴さん、また旋毛(つむじ)を曲げてしまって、
今回こっちに来るまでに大変だったんだぜ。
婀:・・・何の話しをされておられるのです。
よもや、この五人の他に誰ぞか人はおりますまい。
ノ:ああ、いや―――それがしが云っていたのは、何も人間のことではないのでござるよ。
チ:現在では、手前が騎乗している馬のことでございまして・・・
婀:ナニ―――馬?
・・・そういえば、タケル殿は妾とここに赴く前に、そのことについて訊いておられましたな。
もしやすると―――・・・
タ:フフ・・・ご覧に入れましょう、ラージャでも随一の はねっかえり を。
〔ラージャからの二人が席より腰を上げたところで、タケルは実弟であるチカラにあることを訪ねたのです。
それに、今回チカラとともに来たノブシゲの弁にもあるように、
ここ数年来手綱を取り、乗っている者をほとほと困らせている―――
しかしながらそれは人間ではなく、一頭の馬のこと。
そのことを知るにいたり、婀陀那は今回こちらに赴く際に、
タケルから訊かれたあることではないか・・・と、尋ねたのです。
すると、その言葉に答えるかのように、今回自分たちがここまで足として使ってきたものを見るべく、
砦の厩舎へ行ってみれば―――・・・〕
婀:おお―――・・・なんと美しい・・・!
〔婀陀那は、自身がこよなく乗馬を嗜(たしな)む者であったがゆえに、
今回ラージャより来たりたる一頭の馬の、その美しさに目を奪われました。
流れるような鬣(たてがみ)―――
銀の砂を思わせるかのような、銀白色の体毛―――
幾千里を駆けたところで、疲れさえも知らぬような、隆々とした四肢―――
ただ、たった一つの欠点は―――〕
ブヒヒヒ~~―――ン!
ブルルル・・・・
タ:フフッ―――ワシらを見ただけで、気を昂(たかぶ)らせるとは・・・
相も変わらず・・・と、云うか、より一層人を近づけさせなくなってきておるのではないのか。
チ:それどころの話しではございません―――
これでも今日はまだ機嫌のよいほうで・・・ここへ来る二・三日前には、手前の屋敷を訪れた大老様を―――
タ:ほう・・・父上を―――?
ノ:そればかりではないぞ~?
以前あったカ・ルマとの戦ではな、血の臭いに中(あ)てられて・・・
婀:怯えたと申すのか―――?
ノ:ああ、いえいえ―――その逆。
怯えるどころか気を奮い立たせて、近くにいた馬子に噛み付かんとする有り様でしてなぁ。
キ:しかし―――これでまだ機嫌のよいほうとは・・・
あっ―――! 婀陀那様、不用意に手を出されては・・・!!
〔激しく気性の荒い―――日頃、人間に飼われている意識が薄いこともあってか、
中々懐(なつ)こうとはしない“獣”―――・・・
見栄えのほうは、当世の馬の中では並外れて美しいものを持ち合わせているのに、
人間で言うところの“性格”のほうは、甚(はなは)だ荒い・・・
いえ、荒いと云うには、過ぎるほどに・・・だったのです。〕