<第七十九章;時代(とき)の道標(みちしるべ)(参)>
≪一節;意表をつく行動≫
〔お昼過ぎより降っていた雨が止み、空が鮮やかな紅色に染まろうとした頃。
早急に話しおきたいことがある―――との、録尚書事からの召集に応じた諸官たちは、
どこか物々しさを漂わせていただけに、皆どこか緊張の面持ちをしていました。
そして、録尚書事より、意表をついたとも取れる発表に、諸官たちは・・・〕
官:な―――なんと・・・婀陀那様は、この時期にフ国の官吏の誰かと、ご成婚をなされるといいますのか。
婀:いかにも―――然様であるが・・・
官:なんとも・・・恥知らずな―――
今、フ国王が危篤の床に就いておられるというのに、
それをそなたが知らぬはずはないであろう?!
婀:フ―――フフフ・・・今、そなたはなんと云い置いた・・・。
妾のことを“恥知らず”―――と・・・?
ならば問おう―――そのフ国王危篤であるのを知りながら、
妾の母国であるヴェルノアの・・・公主に、内応の打診を図り、
この国を簒奪せしめようとしたのは、どこのどなた方か?!!
官:むぐっ―――むうぅぅ・・・
婀:あなおかしや―――そのような者共に、“恥知らず”呼ばわりされる覚えはありませぬがのぅ。
イ:衛兵―――今発言した者を即刻捕らえなさい。
まこと恐縮ながら・・・公主様の御前にて、お見苦しいところを見せましたようで・・・
婀:かまわぬ―――尚書令殿・・・
おや、いかがいたした―――妾がここにいるのが不思議でならぬか。
妾にしてみれば、その当初より気づかれていたことよ―――と、そう振舞っていたのじゃが・・・
・・・に、しても、滑稽に過ぎることよ、妾本人ではなく、その“影”に内応の打診を図るとは・・・な。
〔今ここにいる婀陀那自身が、『ヴェルノアの公主』である―――と、云うことは、
婀陀那がフ国に参入して来た頃から、囁かれていた噂ではありました。
けれども・・・そのことを確かめる術はなく、それでなくとも、もし無礼などがありでもしたら、
厳罰に処されかねない・・・と、し、
そのことを広言する者など、おりはしなかったのです。
ゆえに―――評議のために集まった諸官たちは、顔から色を褪せさせていました。
婀陀那を ヴェルノアの公主 である―――と、知っていたイセリア以外は・・・〕
イ:―――それにしても、また思い切られたことをいたしましたね。
ところで・・・気になりますのは―――
婀:今回、云い置くべきことは以上じゃ―――
追ってのことは、また後日詳らかにいたしたいと思う。
では―――散会・・・
〔衝撃的な発言―――それこそは、婀陀那の婚約発表・・・と、云うものでした。
しかし、ただそれだけでも、その場は色めき立ち―――
それだからだったのか、婀陀那のほうも自分が ヴェルノアの公主 “本人”であることをまづ認め、
ヴェルノアの官吏と結託して、フ国の簒奪を目論んでいた者の、
その謀略の芽を摘んでおくことまでに留めておいたのです。
そう・・・つまり、婀陀那のほうでも、国家の頂点に立ちうる方が、
死の床に就いていながら、慶事を行うことなどを善しとはせず、
たとえそうであっても、水面下でコトが運ばれていた不祥の事を見逃すわけにも行かず、
まづは、そういった者達を駆逐するために、今回のことを知らしめておくにとどまっただけなのです。〕