<第八十章;時代(とき)の道標(みちしるべ)(肆)>
≪一節;臣下の礼節≫
〔城内で起こった騒動も、当人であるタケルのほうが不問に臥し、
その場は何事もなく収まりを見せました。
しかし―――実はこれからがタケルとしての正念場・・・
“策”だとは云いながらも、一人の女性と婚姻をすることを、
一体どのような顔をして、主君であるアヱカに申し述べればよいのか・・・
政略・戦略には通ずるタケルでも、こういった男女の機微に関しては疎かったと見え、
肚が決まるまで、かなりな刻を費やしたのでした。
けれど、いづれは知れることと思い、ようやく意を決してアヱカの下へと参じようとしたときに、
リリアからの問責に巻き込まれたわけなのですが・・・
実を云うと、このことのおかげで、緊張していたものが、いくらかはほぐされたようで・・・
そして、タケルの主君であるアヱカと―――これから所帯を持つことになる、婀陀那の下に赴いたとき・・・〕
タ:あ、あの―――主上・・・
ア:・・・タケルさん―――
タ:・・・その―――まこともって申し訳ございません。
ア:・・・ですから、どうしてそこで謝ってしまうのです。
そうされると、わたくしが一層惨めな気持ちになってしまうではありませんか。
〔やはり―――と、云いましょうか、そこで宜(むべ)もなく謝ってしまうタケルは、
彼の上背の半分しかない主君から叱責され、これまたなんとも小さくなっていたのです。
そのことを―――こんな偉丈夫でも、主君の前では小さくもなるものだ・・・と、
彼の妻になる者は見ていたのですが―――〕
婀:それにしても―――そなたも存外に、一人の女性の前では腰の低き様ではありますなぁ・・・。
ア:―――それは不適切な発言だと思います。
タケルさんは、元々わたくしの臣下なのですから、忠義を尽くしたいという気持ちの現われから、
そのようにしているのだと思うのです。
婀:ああ・・・これはとんだ失礼を―――
タ:ハハハ―――どうやら、ワシら夫婦して、この方には頭が上がらぬものと見える。
婀:いやはや、まったく―――是非もないことでございまするかな。
〔タケルも婀陀那も、アヱカよりは上背のある者。
でも、そんな大柄な二人が、小さな主君の前では、そのお方よりも小さくなっている・・・とは、
そこにはちょっとした珍妙な光景があったのです。〕