<第九十一章;ゾハルの主>
≪一節;帝國の双璧≫
〔女皇陛下が、他国の困窮を見かねたあまり、ようやく援軍を出す―――と、云う、カードを切る気になったものか・・・
―――と、軍部関係者は思っていました。
・・・が―――やはりそこでも、アヱカは援軍を起こす気でもなく・・・
ならば――― 一体何のつもりで、この度の緊急の朝議を開いたものか・・・と、
不満の声は今にも爆発寸前ではありましたが。
実のところ・・・アヱカがこの度、緊急に開いた朝議で、
アヱカ自身は援軍のことなど、当初から念頭には入れてはいなかったのです。
代わりに―――ある考えが、アヱカの頭の中にはあったようなのですが、
それはいざというときのため―――・・・
そんなにも早くするつもりもなかったようなのですが―――・・・
この度ある者に出会ったという、“古(いにし)え”からの家臣からの報告により、
そのことを出し渋る理由もなくなったと感じたのです。
しかし―――・・・〕
婀:驃騎将軍に―――・・・
イ:車騎将軍―――・・・
〔実は、婀陀那もイセリアも―――いや、彼女たち二人だけにかかわらず、
少なからず軍務に携わってきた者達は、不思議にさえ思っていたのです。
それというのも―――現存する将軍職の最高位は、この度新たに常設された婀陀那の『大都督』であり、
以前にはこのまださらに上に、“驃騎”“車騎”の両将軍職があるのです。
それを・・・どういったわけか、パラ・イソの女皇はこの二つの将軍職に、誰も就かさなかったばかりか、
新たに将軍職を常設させるなどしたために、“驃騎”と“車騎”の将軍職を廃止するつもりなのか・・・と、さえ、
思われていたようなのです。
ところが―――・・・実はそうではなく、この将軍職には、すでに何者かが就任していた・・・と、するならば?
けれども、建国以来顔も見たこともない人物に、いきなりの高官位を用意していたということに、
諸官たちには、不満の色が見え隠れし始めたのです。
するとそこで、女皇陛下の口からはこんなことが―――・・・〕
ア:なるほど―――君たちの云いたいことは非常によく判る。
ろくに顔を見たことがない・・・しかも、そんな高官位を用意しているのに、
出仕してこないと云うのは、不届きの何者でもない―――と云うのだろう・・・
それでは・・・私がその者達のことを、『帝國の双璧』と呼べば、
君たちは納得してくれるだろうか。
〔女皇がその言葉を口にした途端、議場は静まり返りました・・・
『帝國の双璧』―――≪鑓≫と≪楯≫・・・
いくら歴史に疎(うと)い者でも、簡略化された“御伽噺”などで、
両者の活躍ぶりを知らない者の方が、かえって稀なほどでした。
数多の戦場を股に掛け―――悪しきカ・ルマを撲滅していく様は、
その口伝を聞くだけで、少年少女たちの想像を豊かにし、
将来仕官を目指すにしても、まづはかの者達のようになりたい・・・と、する若者は、
あとを立たないほどでもあったのです。
けれども、実際は口伝や講談のみだけで、『帝國の双璧』がどう云った者達だったのか―――までは、
依然、杳(よう)として知れない・・・顔の見えない者達だったのです。〕