<第九十四章;龍と吸血鬼>
≪一節;空前の騒動≫
〔すでにそこにあった危機―――“怒り”という感情あるがままに身を委(ゆだ)ね、まるで焔のような気から真紅の鑓を覗かせている存在と、
そんなものすら眼に入らない―――入っていない、と云ったような表情で一人の少女を睨み付ける存在・・・
そして、図らずもこの二つの存在を迎えに行った使者の二人、タケルとヴェルノアの公主は圧倒的な存在感二つを前に、
微動だに出来ない状態にあったのです。
しかも、間の悪いことに、この騒ぎを聞きつけた女皇陛下と録尚書事の二人がこの場に駆けつけ―――・・・〕
婀:な・・・なにごとじゃ! この騒動は―――
公:お・・・おお―――そなた・・・
タ:ああ、婀陀那―――丁度良いところへ来た・・・
ワシは伝記物を読んできて、よもやこのお二方の仲が悪かろうはずもない―――と、多寡を括っていたのだが・・・
婀:なんと―――?では、この方々が・・・
タ:そうだ・・・あちらの少女が、『双璧』≪鑓≫をその身に憑依された方で、その方と相対峙されておられる方が≪楯≫・・・
公:ぅむう〜―――妾が聞いていたのとは随分と違うではないか! これはどうなっておるのじゃ・・・
婀:陛下・・・これは―――
〔タケルも―――いや、彼だけではなく、『双璧』たちに関しての書物を読んできたことのある者達にしてみれば、
まさかこの二人がこんなにも仲が悪かろう・・・などとは、微塵にも予測だにし得ていませんでした。
それに、現在のシャクラディア城には、“北伐”のための出陣式も終わり、ほとんどの将兵が出払ってしまった後・・・
すでにここには、女皇の周囲(まわ)りを警護するわずかな数しか残されていなかったのです。
つまりは、味方になってくれるはずの勢力が、敵に回ってしまうかもしれない・・・
そんな危機感を感じた婀陀那は、アヱカに説明を求めようとしていたところ―――・・・〕
ア:―――二人とも、お止めなさい。
ヱ:むん―――? 何者だ・・・そなたは。
ア:わたくしでございますか―――わたくしがこの国の女皇である アエカ=ラー=ガラドリエル と云う者です。
ヱ:ほぉう―――そなたか・・・今世(こんよ)に現われたる『女禍の魂を継ぎし者』とは・・・
タ:ヱリヤ様―――なぜそのようなことを・・・
ヱ:知っている・・・と、云うことかな―――だが、巷・世間では騒がれていることだ。
まあ尤も・・・14・5年前にもあった一連の騒動で亡くなられた方も、そのような肩書きを持っていたという噂も、
聞き及んでいることではあったのだが・・・
タ:義姉上のことを―――・・・
ヱ:よくある話―――だよ・・・あたら、高貴な方の名を騙るなど!!
〔女皇・アヱカは、二つの存在に“これ以上争ってはならない・・・”と、云う旨の言葉を述べました。
するとヱリヤは、アヱカが『女禍の魂を継ぎし者』の騙り者ではないか―――と、疑問を投げかけたところ、
そんなことを聞いて黙っていることの出来ない者達は憤慨し、立ち待ち皇城の大広間は坩堝(るつぼ)と化してきたのです。〕