<第九十六章;蒼い月光(つき)の下で―――・・・(前)>
≪一節;大将軍就任≫
〔カルマのパライソ侵攻第一先遣隊が、『双璧』によって壊滅させられ、
“ガルバディア統一”―――と云う、野望の青写真を見直さなくてはならなくなった時より一夜が明け。
未だ帰参してこない者達を待ちわびるシャクラディア城内では、その間でも政務は滞りなく行われ、
また新たな将軍の就任がそこでは行われたのです。〕
婀:なんと―――・・・妾がこの度より“大将軍”を?
ア:ええ―――あなたを、軍事・政務両方面においての第一人者であるその位に推挙したいと、タケルさんから申し出がありまして・・・
婀:なんと・・・では―――録尚書事はどうするおつもりなのです。
ア:その職ならば、臨時的にイセリアさんに引き継がせるようです。
婀:そんな・・・では、妾を推挙したご本人は―――?
ア:・・・タケルさんは―――今のままで・・・中軍師でよい・・・と。
婀:―――バカな?! 妾たちを上の位に推挙しておきながら、ご自分は今のままで・・・とは、
なぜそこで姫君が云って差し上げないのです?!
こんなにも良策を出しておるのに、未だに低い官位に甘んじているのか―――と・・・
ア:婀陀那さん―――そうは云っても、わたくしとタケルさんは元々は主従なのですよ。
そのようなことが蜜であれ、いづれは周囲にも知れてしまうこと・・・
そうすれば、“ああやはり―――主従だから・・・”と、好からぬ噂が立ち上ってくるのは必定なのです。
それに・・・一番に納得しきっていないのは・・・このわたくしなのですから―――
このわたくしを・・・いえ、この国を陰で支えているのは誰であるのか―――そのことは、わたくしが一番に理解しえていることなのです。
〔この当時、最も権力が集中する官職―――『大将軍』に、
パライソ国大都督・録尚書事である 婀陀那=ナタラージャ=ヴェルノア が推挙され、これに就任しました。
その経緯というのが、どうやら婀陀那をその官職に推挙したのは、婀陀那の夫であるタケルの献策であったらしく、
しかし推した本人の官位は、そのまま―――中軍師(五品官)のままだったのです。
そのことを婀陀那は、“不当ではないか”―――と、女皇・アヱカに進言するのですが、
アヱカは、自分とタケルが主従の間柄であることから、
彼ばかりを寵愛していては周囲からも好からぬ噂を立てられかねない―――として、戒めはしたのです・・・が、
実を云うと、アヱカのほうもそこのところでの苦慮はあったらしく、珍しく自分に言い聞かせるようにしていたものだったのです。
幼い頃より“王佐の才”と謳われながらも、現実として低い官位で甘んじているこの忠臣を、
どうにかしてあげたい―――と、いう気持ちを・・・
そんなことがありながらも、結局は婀陀那のほうから折れた象(かたち)となり、
“大将軍”就任を以(もっ)て、録尚書事の印綬を西方の陣に駐屯するイセリアの下へと送付したのでした。〕