<第九十七章;蒼い月光(つき)の下で―――・・・(後)>
≪一節;夫婦談議≫
〔今回少しばかりの騒動があり、この度よりパライソに参入してくれる二人の将への歓待の催しが、夕刻にズレ込んだのではありますが、
催しが開かれても『双璧』の一人、≪楯≫の姿は未だ持って見えないまま―――・・・
もとより―――≪楯≫であるエルムは、一時的にシャクラディア城から離れたヱリヤを追って・・・と、云うことだったのですが、
そのヱリヤが戻ってきたというのにも係わらず、エルムのほうはどこへ行ってしまったのか―――・・・
今度はそちらのほうを心配しなくてはならなくなっていたのです。
―――ともあれ・・・そのうち戻ってくるとの見解にいたり、歓待の催し物は開かれたのではありますが・・・
暫らく経った頃、ある異変が会場内を襲おうとしていたのでした。
しかし、その前に―――とある夫婦の会話に耳を傾けてみましょう・・・〕
タ:婀陀那―――此度はよく引き受けてくれたな・・・
婀:あなた・・・妾ばかり偉くなって、どうしようというのですか―――
タ:納得・・・出来ぬか―――それはそうだろうな。
だが―――この国は建国してまだ間もない・・・それゆえ、国を支えていく中心人物を欠いてしまっているのだ。
国内―――或いは国外で、この国を揺るがす大事があろうとも、揺るぎすらしないそんな腰の据わった人物・・・
人を集め―――また動かせることの出来うる、そんな魅力を持った人物・・・
“古(いにし)えの帝國”と呼ばれた、古代シャクラディア帝国の=丞相=と呼ばれた方のように、
まさに神がかり的な才知を持ち合わせている者と云ったら、婀陀那・・・お前しか思い当たらなかったのだ。
婀:・・・・・―――まあ、よいか・・・。
それとして―――妾が思いついたことはいかがですかな。
タ:ワシの部下の一人であるルリをアヱカ様の“影”に―――か・・・中々に良い策だと思うよ。
ああいった存在が一人居ると居ないとでは、こちらとしての警護の遣り様・仕様も大きく違ってこようというものだ。
婀:フフフ―――・・・稀代の軍師殿からお褒めの言葉を頂こうとは・・・
やはりあなたは、一介の軍師程度でとどまらせておくには実に惜しい存在です。
〔―――とは云え、その異変は 襲撃 などと云ったような大掛かりなものではなく・・・
むしろ小さくも細かなところからだったのです。
それに、この夫婦の一連の会話は、今回 大将軍位 に就いた婀陀那と、その夫であるタケルのもの―――・・・
そこでは、互いの能力をよく理解しあっていた者同士の会話―――だったのですが・・・
そのときでさえも、その―――小さくも細かな異変は、音も立てずに忍び寄りつつあったのでした。
それというのも―――・・・〕
婀:さて―――それでは、今宵の食膳に舌鼓・・・・
―――むんっ?! ・・・どうしたことじゃ―――妾が好物である、膳の最後を締めくくるに相応しい一品が・・・なくなっておる。
タ:婀陀那―――飲みすぎたのではないのか。
よった勢いの拍子に摘まんだ―――というのは、よくある話だぞ。
婀:むっ―――それは失敬な・・・妾とてそこまで酔っては・・・
―――あなた?どうされたというのです?
タ:・・・ワシがひそかに取っておいたはずのものが―――ない・・・
ふぅむ――――・・・(チラ)
〔会話に夢中になり過ぎた感は否めなくはありませんでしたが、かと云ってお酒に酔ってしまった―――と、云うのも尚更のこと・・・
けれども、確実に―――今回の催しのために出されていた膳内の料理の一品が、
自分たちが口にしたわけでもないのに、無くなっていたことには間違いはなかったのです。
それを、夫に茶化されてしまい、つい反論してしまう妻がいたのですが―――
よく見れば、茶化した夫本人も、先ほど妻に起こったことと同様に―――・・・
そこでタケルは、このことを異状と認め、すぐさま会場内を見渡してみれば―――
そこかしこで自分たちと同じ目に遭った・・・との声が上がり始めていたのです。〕