≪四節;蒼い月光(つき)の下で―――・・・(壱)≫
エ:ねえ―――お前様、痛く・・・なかったかい?
ヱ:うん? ・・・まあ、ほんのちょっと―――だけどな。
エ:あっ―――・・・そいつはすまなかったよ? 今度からは痛くしないようにするからさ。
ヱ:フフフ・・・そうは云っても、私とて無痛症ではないのだ、この項(うなじ)に歯を立てられれば痛くも感じるさ・・・。
エ:―――あら? 鋼の刃も物ともしないお身体をお持ちなのに?
ヱ:フフフッ―――こいつめ・・・
〔その場では、今までの喧騒がまるでウソだったかのような、仲睦まじげな展開がなされていました。
エルムは―――何かをしたことをヱリヤに対して謝っており・・・
ヱリヤのほうも―――首筋に歯を立てられて、痛みを感じたとか感じなかったとか・・・
けれども―――そう・・・“首筋に歯を立てる”とは、まさにある行為――― 吸血 を髣髴とさせるものであり。
ならばどうしてエルムがヱリヤを 吸血 しなければならなかったのか―――?
しかし、これにはそれなりの理由が、然るべくしてあったのでした。
それは―――・・・エルムが、お酒に酔って気分が悪くなったから・・・と、シャクラディア城の屋上に上がったすぐ後・・・
あまり、お酒も強くないのに、勧められた杯を無理して飲んでしまったのが祟ったからなのか、
足元がふらつき、明らかに覚束(おぼつか)ない様子―――
すると次の瞬間―――両の膝と両の手を地べたにつけると、一気に大量の吐血をしてしまったのです。
そう・・・エルムがそのとき嘔吐してしまったのは、お酒などではなく――― 血・・・?
なぜ―――どうして―――ヴァンパイア<吸血鬼>であるエルムが、吐血をしなければ?
いや―――そも・・・エルムは元来から身体のほうが弱く、無理を押して今回の召致に応じてしまった?
いえ―――・・・それでは、今までの元気な様相が虚構のようになってしまうのですが・・・
実に驚くべき事実が、エルム自身の口から語られだしたのです。〕
エ:うぅっ・・・ちくしょうっ―――! なんだよ、だらしのない・・・私は、ヴァンパイアの真祖様なんだろ?
それが・・・なんだって、血が吸えなく――――う゛っ!!
〔紛れもなく、エルムはヴァンパイアの真祖―――
それが、何某からの理由からか、吸血が行えずにいたのです。
けれども、先に結論を述べてしまうと、たった今エルムが吐いた血そのものは、前(さき)に退けたカルマの先遣隊の兵士の血・・・
では―――エルムが 吸血 を行えなくなった大きな理由とは・・・
するとそのとき―――そんなヴァンパイアの真祖の背後に忍び寄る一つの影が・・・〕
ヱ:・・・辛いのか―――シュターデン。
エ:(はッ――!)・・・ああっ!お前―――様・・・
み、見ないで―――見ないでおくれよ! こんな・・・私の・・・こんな私の無様な姿を―――!!
ヱ:・・・今から20万年も前に、あの方の血の“呪”によって、生血(しょうけつ)をまともに吸えなくなったお前の身体―――・・・
その禁を破り、今回カルマの先遣隊を退けたのだ。
見ろ・・・拒絶反応を起こしているじゃないか―――
エ:〜〜―――・・・。
ヱ:・・・かわいそうなシュターデン―――今、私が楽にしてあげるからな・・・
〔消沈し、落胆するヴァンパイアの真祖の背後に忍び寄る影―――とは、紛れもなくあのヱリヤだったのです。
しかし、つい最近久方ぶりに再会しあったシャクラディアの大広間では、
あわや流血沙汰に持ち込まれるか―――と、思われるまでの諍(いさか)いぶりに、一時城内は騒然としてしまったものだったのですが・・・
それがこの場では、ヱリヤの口からはエルムのことを労(いた)わるかのような言葉が―――・・・
それに、同じくヱリヤの口からは、どうしてエルムが吸血を行えなくなったか・・・の、大まかな理由付けがあったものなのでした。〕